左が日本、右が世界。上が現代で、下へたどるほど古い時代へ遡ります。中央の年号を挟んで並べているので、同じころに地球の反対側で何が起きていたかが一目で分かります。
第二次大戦後の国際秩序が揺らぎ、エネルギーと食料の価格が世界的に高騰した。
世界的な感染拡大で緊急事態宣言が出され、東京オリンピックは1年延期された。
各国が都市封鎖を実施。人の移動が止まり、世界経済が大きく落ち込んだ。
天皇の生前退位により平成が終わり、令和が始まった。
地球温暖化対策で、途上国を含むすべての国が削減に取り組むことになった。
2019年には10%となり、軽減税率が導入された。
第2次安倍内閣が発足し、以後の長期政権が始まった。
マグニチュード9.0の地震と津波で2万人近くが犠牲に。福島第一原発が深刻な事故を起こした。
民主党が総選挙で圧勝し、本格的な政権交代が実現した。
アメリカ発の金融危機が世界に波及し、各国の経済が同時に落ち込んだ。
テロ対策特別措置法により、自衛隊が初めて戦時の海外派遣を行った。
テロとの戦いを掲げてアフガニスタン、イラクへの攻撃が続いた。
金融機関の破綻が相次ぎ、不況が深刻化した。
6400人以上が犠牲となった震災と、都市を狙った無差別テロが同じ年に起きた。
自民党が下野し、非自民の連立政権が誕生した。
国境を越えた統合が進み、のちに共通通貨ユーロが導入された。
地価と株価が急落し、長い不況が始まる。「失われた30年」の出発点となった。
約70年続いた社会主義大国が消滅。アメリカ一強の時代に入った。
税率3%で消費税が始まる。同じ年、ベルリンの壁が崩れ冷戦が終わった。
東欧の民主化が連鎖し、同じ年に冷戦の終結が宣言された。
円高が急速に進み、輸出産業が打撃を受ける一方で、あり余った資金がバブルを生んだ。
中国との関係をさらに深めた。
中東戦争をきっかけに原油価格が高騰。高度経済成長が終わりを告げた。
27年ぶりに沖縄が日本に復帰。同じ年に中国との国交も正常化した。
米ソの宇宙開発競争の頂点となった。
高度経済成長により、資本主義国でアメリカに次ぐ経済大国となった。
韓国と国交を正常化した。
アメリカが介入するも泥沼化。世界各地で反戦運動が広がった。
アジア初の五輪に合わせて東海道新幹線が開業。復興を世界に示した。
米ソが核戦争寸前まで対立。以後、緊張緩和への模索が始まった。
日米安全保障条約の改定に反対する運動が国会を取り囲む規模に広がった。
日ソ共同宣言でソ連との国交が回復し、国連加盟が実現した。
植民地から独立した国々が集まり、平和共存を訴えた。
48か国と講和し独立を回復。同時に日米安全保障条約を結び、米軍の駐留が続いた。
東西対立が実際の戦争に。日本は特需景気で経済復興のきっかけをつかんだ。
毛沢東が建国を宣言。アジアの冷戦構造が決まった。
すべての人が生まれながらに権利をもつことが国際的に確認された。
義務教育が9年になり、労働者の権利が法で守られるようになった。
国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を三原則とし、翌年5月3日に施行された。
各地への空襲、沖縄戦、広島と長崎への原爆投下を経てポツダム宣言を受諾した。
広島・長崎への原爆投下を経て終戦。二度の大戦の反省から国際連合が発足した。
真珠湾攻撃で開戦。当初は優勢だったが、翌年のミッドウェー海戦から後退が続いた。
日本の真珠湾攻撃でアメリカが参戦し、戦争は文字どおり世界規模となった。
ドイツ・イタリアと結び、アメリカとの対立が決定的になった。
ドイツのポーランド侵攻で開戦。世界を巻き込み、5000万人以上が犠牲になった。
議会の承認なしに人と物を戦争に動員できるようになった。
盧溝橋事件をきっかけに全面戦争へ。長期化し、国民生活は統制されていった。
陸軍の青年将校が大臣らを殺害。鎮圧後、軍の発言力がいっそう強まった。
満州国が認められず、日本は国際的な孤立を深めていった。
ドイツで独裁体制が築かれ、ユダヤ人への迫害が始まった。
海軍将校らが犬養毅首相を殺害。政党内閣の時代が終わった。
関東軍が南満州鉄道を爆破し軍事行動を開始。翌年に満州国を建てた。
ニューヨークの株価暴落が世界に波及。日本でも失業者が増え、農村が困窮した。
ニューヨークの株価暴落から世界へ波及。各国はブロック経済に走り、対立を深めた。
25歳以上のすべての男子に選挙権が与えられる一方、社会運動を取り締まる法も同時に成立した。
10万人以上が犠牲になる。混乱の中で朝鮮人らが虐殺される事件も起きた。
常任理事国となり、新渡戸稲造が事務次長を務めた。
平和維持を目指したが、アメリカが不参加で力は限られた。
ドイツに巨額の賠償が課され、その不満が次の大戦の火種となった。
米価高騰への抗議が全国に拡大。原敬による初の本格的な政党内閣が成立した。
レーニンの指導で世界初の社会主義国が誕生。のちのソ連となる。
中国に権益の拡大を求め、反日感情を強めた。
日英同盟を理由に参戦。ヨーロッパが主戦場となり、日本は好景気となった。
サラエボ事件をきっかけに4年続く総力戦へ。戦車や毒ガスが使われ、犠牲は1000万人を超えた。
小村寿太郎のもとで条約改正が完成し、半世紀ぶりに対等な立場を得た。
孫文らが清を倒し、アジア初の共和国である中華民国が成立した。
韓国を植民地とし、以後35年にわたって統治した。
賠償金が得られず日比谷焼き打ち事件が起きた。韓国への支配を強めていく。
大国ロシアと戦い、日本海海戦などで勝利したが、国力は限界に達していた。
ロシアの南下に備えてイギリスと同盟を結んだ。
ロシア・フランス・ドイツの圧力で遼東半島を返還。国民のロシアへの反感が高まった。
朝鮮をめぐって清と戦い勝利。翌年の下関条約で台湾と多額の賠償金を得た。
朝鮮をめぐる対立が東アジアの勢力図を塗り替えた。
選挙権は一定の税を納める25歳以上の男子のみで、国民の1%程度だった。
天皇が国民に与える形の憲法。天皇に強い権限があり、国民の権利は法律の範囲内とされた。
伊藤博文が初代内閣総理大臣となった。
ベルリン会議で列強がアフリカを分け合う。帝国主義の時代が本格化した。
西郷隆盛を中心とした士族最大の反乱。政府軍が鎮圧し、武力による反抗は終わった。
板垣退助らが民撰議院設立建白書を提出。国会開設を求める運動が全国に広がった。
20歳以上の男子に兵役を課し、土地の価格を基準に現金で税を納めさせた。
6歳以上の男女すべてに教育を受けさせる方針を示し、新橋・横浜間に鉄道が走った。
藩を廃して県を置き、政府が全国を直接治める中央集権が実現した。
ビスマルクのもとで統一。日本の憲法づくりの手本となった。
大名が土地と人民を天皇に返した。
五箇条の御誓文で新政府の方針を示す。江戸を東京と改め、翌年に都を移した。
徳川慶喜が政権を朝廷に返し、天皇中心の新政府の樹立が宣言された。
坂本龍馬らの仲介で薩摩と長州が手を結び、倒幕の流れが決定的になった。
奴隷制をめぐる内戦。リンカンの奴隷解放宣言を経て北部が勝利した。
大老井伊直弼が暗殺され、幕府の権威が大きく揺らいだ。
領事裁判権を認め関税自主権がない不平等条約。以後の外交の課題となった。
イギリスが鎮圧し、インドを直接支配下に置いた。
下田と函館を開港し、鎖国が解かれた。
4隻の黒船で開国を要求。200年余り続いた鎖国が終わりを迎える。
マルクスらが労働者の団結を訴え、社会主義の思想が広がった。
水野忠邦が物価引き下げを図るも失敗。幕府の力の衰えが明らかになった。
イギリスが清を破り、香港を得た。この報せは日本の対外政策にも衝撃を与えた。
飢饉で苦しむ人々を救おうと元役人が大阪で挙兵。幕府に衝撃を与えた。
接近する外国船を追い払うよう命じた。批判した蘭学者は弾圧された。
ヨーロッパを席巻し、革命の理念を各地に広めた。
本居宣長が35年かけて完成させた注釈書。国学が大成された。
人権宣言が出され、身分制が崩れる。国民が国家を担うという考えが広がった。
松平定信が飢饉に備えて米を蓄えさせ、朱子学以外の学問を制限した。
13植民地がイギリスから独立。自由と平等の理念が世界に影響を与えた。
杉田玄白らがオランダの解剖書を翻訳。蘭学が発展する出発点となった。
イギリスで蒸気機関が実用化。工場制機械工業が広まり、社会の仕組みが根本から変わった。
徳川吉宗が質素倹約と新田開発を進め、目安箱を設けて庶民の声を聞いた。
以後300年近く続き、日本の江戸時代とほぼ重なる。
ポルトガル船の来航を禁止。以後、長崎で中国とオランダのみと貿易を続けた。
重い年貢とキリスト教弾圧に苦しむ人々が蜂起。天草四郎を中心に3万人以上が戦った。
大名に江戸と領地を往復させ、妻子を江戸に住まわせた。費用が大名の力を削いだ。
大名を統制する法。城の修理や大名同士の結婚を許可制にして反乱を防いだ。
家康が征夷大将軍となる。以後260年余り続く安定した時代が始まった。
徳川家康が石田三成らを破り、天下の実権を握った。「天下分け目の戦い」。
ヨーロッパ諸国がアジア進出を競い、やがて植民地支配へと進んでいく。
明の征服を目指して二度出兵するも失敗。豊臣政権が傾く原因となった。
小田原の北条氏を降し、応仁の乱以来100年余り続いた戦乱を終わらせた。
秀吉が農民から武器を取り上げ、武士と農民の身分をはっきり分けた。
信長が明智光秀に討たれる。跡を継いだ秀吉は全国の土地と収穫高を調べ始めた。
信長・家康の連合軍が鉄砲を大量に用いて武田の騎馬隊を破った。
信長が足利義昭を京都から追放。安土城を築き、楽市・楽座で商業を活発にした。
織田信長が今川義元を破り、天下統一への足がかりをつかんだ。
フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸。南蛮貿易とともに西日本に広まった。
種子島に漂着したポルトガル人がもたらす。戦い方と築城を大きく変えた。
地球が丸いことが実証された。
ルターが免罪符を批判。プロテスタントが生まれ、対抗したカトリックは海外布教へ向かった。
ポルトガルがアジア貿易に乗り出し、やがて日本にも到達する。
香辛料を求める大航海時代が始まる。ヨーロッパによる植民地支配の出発点となった。
浄土真宗の信仰で結びついた人々が守護を倒し、約100年間の自治を行った。
将軍のあとつぎ争いから11年に及ぶ戦乱に。京都は焼け、戦国の世が始まった。
オスマン帝国が東ローマを滅ぼし、地中海の交易路を握った。
義満が明と国交を開き、倭寇と区別する勘合符を用いて貿易を行った。
足利義満が南北朝を合一し、幕府の権力が安定した。
日本の室町幕府は明と勘合貿易を行った。
京都に室町幕府を開く。南北朝に分かれた朝廷の争いは約60年続いた。
ジャンヌ・ダルクの活躍を経てフランスが勝利し、国王の力が強まった。
後醍醐天皇による天皇中心の政治。武士の不満を招き、わずか2年で崩れた。
後醍醐天皇の呼びかけに足利尊氏や新田義貞が応じ、150年続いた幕府が倒れた。
生活が苦しくなった御家人を救うため借金を帳消しにしたが、かえって混乱を招いた。
フビライ率いる元が二度来襲。撃退したが恩賞を与えられず、御家人の不満が高まった。
日本を「黄金の国ジパング」と紹介し、ヨーロッパの東方への関心を高めた。
北条泰時が定めた武士のための法。以後の武家法の手本となった。
後鳥羽上皇が挙兵するも幕府が勝利。京都に六波羅探題を置き、朝廷を監視した。
チンギス・ハンが草原を統一。孫のフビライは元を建て、日本にも攻めてきた。
鎌倉に幕府を開き、御恩と奉公で結ばれた将軍と御家人の関係が全国を支えた。
平氏が滅び、源頼朝が全国に守護と地頭を置く。武家政権が実質的に始まった。
武士として初めて朝廷の最高位に就く。日宋貿易で富を築き、大輪田泊を整えた。
朝廷内の争いを武士の力で決着させ、武士の存在感が決定的になった。
聖地エルサレム奪還を掲げて約200年にわたり遠征。東方との交流が活発になった。
天皇の位を譲ったあとも上皇として政治を行い、摂関家の力を抑えた。
藤原頼通が宇治に建立。末法思想を背景に浄土信仰が広がった。
娘を次々と天皇のきさきにして権力を握り、摂関政治が全盛期を迎えた。
関東と瀬戸内で相次いだ反乱。鎮圧に活躍した武士が力を持ち始める。
菅原道真の建議で中止。以後、日本の風土に合った国風文化が育っていく。
唐から帰った最澄が天台宗、空海が真言宗を伝え、山中での厳しい修行を重んじた。
西ヨーロッパにキリスト教世界がまとまり始めた。
征夷大将軍として蝦夷を制圧し、朝廷の支配を東北へ広げた。
桓武天皇が政治の立て直しを図って遷都。以後400年にわたる平安時代が始まる。
天皇から農民、防人まで幅広い人々の歌約4500首を収めた歌集。
失明しながらも6度目の航海で渡来し、正しい戒律を伝えて唐招提寺を開いた。
聖武天皇が仏教の力で国を守ろうと造立。全国に国分寺・国分尼寺を建てた。
開墾した土地の私有を永久に認めた。公地公民が崩れ、貴族や寺社の荘園が広がる出発点。
神話から推古天皇までを記した現存最古の歴史書。720年には日本書紀もつくられた。
唐の長安にならった都。ここから約80年間が奈良時代で、天平文化が花開いた。
唐にならった法律が整い、律令国家が完成する。全国を国・郡・里に分けて治めた。
皇位をめぐる争いに勝った大海人皇子が天武天皇となり、天皇の権威が強まった。
百済を助けようとした倭が唐・新羅に大敗。北九州に水城を築き、防人を置いて備えた。
中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我蝦夷・入鹿を倒し、公地公民を目指す改革を始めた。
唐の制度や文化を学ぶため、以後およそ200年にわたって使節を送り続けた。
律令制度が整い、長安は国際都市として栄えた。日本も遣唐使を送って学んだ。
アラビア半島で始まり、短期間で西アジアから北アフリカへ広がった。
小野妹子が隋へ渡る。「日出づる処の天子」で始まる国書は、対等な関係を求めるものだった。
役人の心構えを示した規範。和を重んじ、仏教を敬い、天皇の命に従うことを説いた。
家柄ではなく才能や功績で役人を登用する仕組み。冠の色で位を示した。
推古天皇のもとで、蘇我馬子とともに天皇中心の国づくりを進めた。
百済から仏像と経典がもたらされる。受け入れをめぐって蘇我氏と物部氏が対立した。
倭の五王の一人が南朝に使いを送る。ワカタケル大王の名は埼玉と熊本の鉄剣・鉄刀にも残る。
西ローマ帝国は476年に滅び、ヨーロッパは中世に入った。
前方後円墳が各地に築かれ、ヤマト政権の勢力が広がっていく。大仙古墳は世界最大級。
邪馬台国の女王卑弥呼が「親魏倭王」の称号と銅鏡を授かる。魏志倭人伝に記録されている。
倭の奴国の王が後漢に使いを送り、金印を授かった。志賀島で発見された「漢委奴国王」の印。
ローマ帝国で迫害されたキリスト教は、4世紀に国教となり広がっていく。
地中海全域を支配。法律や水道など、後のヨーロッパの土台をつくった。
シルクロードを通じてローマとも交易し、東西を結んだ。
文字や度量衡を統一し、万里の長城を築いた。
水稲耕作と金属器が広まる。むらがまとまって「くに」となり、争いが起きるようになった。
ギリシャからインドまでを征服し、東西の文化が交わるヘレニズム文化が生まれた。
アテネで市民が参加する民主政が生まれた。ただし女性と奴隷は除かれていた。
中国で儒教が説かれる。仁と礼を重んじる教えは東アジア全体に影響を与えた。
インドで仏教が開かれる。身分制度を否定し、修行による悟りを説いた。
大陸から北九州へ水田稲作が伝来。食料を蓄えられるようになり、貧富の差と身分が生まれた。
甲骨文字が使われ、これが漢字のもとになった。
メソポタミアで「目には目を」の原則で知られる法典が定められた。
エジプトでは太陽暦と象形文字が使われ、王の墓として巨大なピラミッドが造られた。
エジプト・メソポタミア・インダス・中国の大河のほとりで、文字と国家をもつ文明が興った。
青森で1500年以上続いた大集落。クリを栽培し、遠方と交易していたことが分かっている。
土器が使われ始め、たて穴住居に定住するようになる。食べ残しが積もった貝塚が各地に残る。
大陸と地続きだった日本列島に人々が住み始め、打製石器で狩りをして移動しながら暮らした。