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ICCはプーチンとネタニヤフに何を根拠に逮捕状を出したのか──赤根智子所長を擁護する前に

2026年8月18日、米国が国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を制裁の対象に指定した。資産の凍結と入国の停止である。国内では、日本が送り出した裁判官を守れという声が上がり、8月24日には超党派の議員連盟が非難声明を採択した。

だが、守れと言う前に確かめておくことがある。米国が制裁の理由にしているのは、イスラエルである。根拠となった大統領令の前文には、ネタニヤフ首相への逮捕状は「根拠がない」と書いてある。つまり制裁の是非は、その逮捕状が何を根拠に出されたのか、その手続がまともだったのかで決まる

調べてみると、この逮捕状はいまも手続が争われている最中だった。上訴裁判部は一度、イスラエルの言い分を認めて差し戻している。そして請求した検察官は、いま職にいない。

米国は、何を根拠に制裁したのか

根拠は2025年2月6日の大統領令14203(連邦官報90 FR 9369)である。前文にこうある。

「私は、ICCがアメリカと、我々の緊密な同盟国であるイスラエルを標的とする、正当性を欠いた根拠のない行動をとってきたと認定する。(中略)さらにICCは、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相を標的とする根拠のない逮捕状を発付することで、その権限を濫用した。ICCは合衆国にもイスラエルにも管轄権を持たない。どちらの国もローマ規程の締約国ではないからである」

前文はさらに「イスラエルと合衆国に対するICCの近時の行動は危険な先例をつくる」と述べ、国際緊急経済権限法に基づく国家緊急事態を宣言している。ルビオ国務長官は赤根氏の指定にあたり、ICCを「腐敗し致命的に政治化した超国家的裁判所」と呼んだ。

指定された人を順に並べると、この制裁が何をたどっているかが見える。

米国のICC制裁指定は、パレスチナ事態の合議体をたどっているネタニヤフ逮捕状を出した予審裁判部Iから、その上訴を審理した上訴裁判部へと指定が続く。米国が指定した順番──ネタニヤフ事件の合議体を、上へたどっている2025.2.6大統領令14203に署名。ICC関係者を制裁できる枠組みを作る2025.2.13カーン検察官を指定(逮捕状を請求した側)2025.6.5ボッサ、イバニェス・カランサ、アラピニ・ガンス、ホーラーの4判事2025.8.20ギユー判事ほか。ギユー氏はネタニヤフ逮捕状を出した予審裁判部Iの裁判長2025.12.15上訴裁判部がイスラエルの請求を退ける。裁判長は赤根所長2025.12.18その3日後、同じ合議体のロルドキパニゼ、ダムディン両判事を指定2026.8.18赤根智子所長と、セイ上級公判弁護士を指定プーチン逮捕状(2023年3月)を出した予審裁判部IIのうち、指定されたのは赤根氏だけである。裁判長だったアイタラ判事も、ウガルデ・ゴディネス判事も、指定リストに名前がない出典:米連邦官報(大統領令14203・国務省の制裁告示)、OFACの指定発表、国連UNISPAL収録のICCプレスリリース

カーン検察官、ネタニヤフ氏への逮捕状を出した予審裁判部Iの判事たち、そしてイスラエルの請求を審理した上訴裁判部。パレスチナ事態の系譜である。ロシアの件でプーチン氏への逮捕状を出した予審裁判部IIからは、赤根氏以外の誰も指定されていない。

では、その逮捕状は何を罪に問うたのか

2024年11月21日、予審裁判部I(ギユー裁判長、アラピニ・ガンス、ホーラーの3判事)がネタニヤフ首相とガラント前国防相への逮捕状を発付した。対象期間は2023年10月8日から少なくとも2024年5月20日まで。罪状は5つである。

  • 共同正犯として──戦闘方法としての飢餓(戦争犯罪)、殺人・迫害・その他の非人道的行為(人道に対する犯罪)
  • 文民上官として──文民たる住民への故意の攻撃(戦争犯罪)

認定の中身は具体的だ。両名は「食料、水、医薬品・医療用品、さらには燃料と電力を含む、生存に不可欠な物資をガザの文民たる住民から意図的かつ認識をもって剥奪した」。人道支援の許可は「しばしば条件付きであり、法的義務の履行としてではなく国際的圧力への反応としてなされた」。医療用品と麻酔薬の制限により、医師が「麻酔なしで」切断手術を行わざるをえなくなった。迫害については、住民が「政治的および/または民族的理由」で標的にされたとする。

ただし、文民への故意の攻撃について基準を満たすと認められたのは、2件の個別事件のみである。

ここで正確に書いておくべきことがある。この発表には、実体的な罪状の条文番号が一つも書かれていない。「飢餓」「迫害」といった罪名と、「共同正犯」「文民上官」という語だけで、7条や8条の引用も、25条3項(a)・28条(b)の引用もない。規程の定義から対応させることはできるが、ICCがそう明記したわけではない。

もう一点。検察官が2024年5月20日に請求した段階では、条文番号つきで8罪が挙げられていた。実際に公表されたのは5罪で、「絶滅(extermination)」は入っていない。却下されたのか、公表されなかっただけなのかは区別できない。

なお、同じ日にハマス軍事部門最高司令官デイフ氏への逮捕状も出ている(人道に対する犯罪としての殺人・絶滅・拷問・性的暴力ほか、責任形態は3つ)。シンワル氏とハニーヤ氏への請求は、両名の死亡により2024年中に取り下げられた。デイフ氏の手続も、死亡確認を受けて2025年2月26日に終了している。

手続は、いまも争われている

ネタニヤフ氏への逮捕状をめぐる手続逮捕状は出ているが、管轄権の実体判断はまだ出ていない。逮捕状は出た。しかし管轄権の判断は、いまも確定していない2018.5.22パレスチナが規程14条に基づき自己付託2021.3.3検察官が捜査開始。イスラエルに18条1項の通報2023.11.17南アフリカ・バングラデシュ・ボリビア・コモロ・ジブチが追加付託2024.5.20検察官が逮捕状を請求。裁判部の判断前にテレビで公表し、外部の専門家パネルの報告書を同時に公表2024.11.21予審裁判部Iが逮捕状を発付。イスラエルの18条の請求を却下し、19条2項の管轄権異議は「時期尚早」として却下2025.4.24上訴裁判部が19条について予審裁判部の法の錯誤を全員一致で認定、破棄して差し戻す。逮捕状の停止は認めず(裁判長=赤根所長)2025.12.15上訴裁判部が18条の判断を多数意見で維持(2判事が反対)(裁判長=赤根所長)2026.8差し戻された管轄権の実体判断は、まだ出ていない逮捕状は1年9か月にわたって有効なまま、管轄権の判断は確定していない。出典:ICC公式プレスリリース(2024年11月21日・2025年4月24日)、上訴裁判部判決 ICC-01/18-481(2025年12月15日)

イスラエルは2024年9月、検察官に規程18条1項の通報をやり直せと求めた。2021年3月の通報は当時の捜査を対象にしたものであって、2023年10月7日以降の事態は「まったく新しい前例のない事件についての、ゼロからの新たな捜査」を必要とする。改めて通報し、イスラエルに18条2項の延期請求の機会を与えるべきだった、という主張である。18条2項の延期を求めれば、自国で捜査するから待ってほしいと言える。

予審裁判部Iは2024年11月21日、この請求を却下した。2021年の通報は要件を満たしていた、イスラエルは1か月の期限を徒過した、捜査の範囲は変わっていない、という3点による。同時に、19条2項の管轄権異議も「逮捕状の発付前に国家は争えない」として時期尚早と却下し、その日のうちに逮捕状を出した。

ここからが重要である。

2025年4月24日、上訴裁判部は、19条について予審裁判部に法の錯誤があったと全員一致で認定し、決定を破棄して差し戻した。イスラエルの19条2項(c)の当事者適格の主張に十分に対処していなかった、という理由である。18条についての上訴は不受理としたが、これには2判事が反対意見を付けた。逮捕状の停止は認めなかった。

2025年12月15日、上訴裁判部は18条1項の通報をやり直す必要はないとした判断を多数意見で維持した。ここでも2判事が反対している。

そして2026年8月現在、差し戻された19条の管轄権判断は、まだ出ていない。逮捕状は有効なままである。イスラエルは2025年5月に逮捕状の撤回を請求したが、認められていない。

つまりこの逮捕状は、管轄権があるかどうかの実体判断が済まないまま出され、その状態が1年9か月続いている。上訴裁判部自身が「予審裁判部の判断には法の錯誤がある」と認めた争点が、まだ決着していない。

請求した検察官は、いま職にいない

手続をめぐるもう一つの事情がある。

検察官カリム・カーンは2024年5月20日、逮捕状を請求した事実を、裁判部が判断を出す前にテレビのインタビューで公表した。同じ日に、自ら招集した外部の専門家パネル(アマル・クルーニー弁護士、元ICTY所長のテオドール・メロン判事ら6名)が「規程58条の基準を満たす」と全員一致で認めた報告書も公表している。

このやり方には法律家から批判が出た。検察官の公的な宣伝行為は司法手続に予断のおそれを持ち込むのではないか。証拠の審査を外部のパネルに委ねることを規程42条9項が授権しているのか。同項は検察局内の「特定の問題」についての助言を想定した規定であって、一般的な証拠審査には当たらないのではないか──という指摘である。

そのカーン氏は、いま検察官ではない。2024年11月に検察局の女性職員が性的不正行為を申し立て、国連内部監査部(OIOS)の調査が始まり、2025年5月16日に休職した。2026年3月9日、3名の司法専門家パネルが締約国会議に提出した報告書は、全員一致で「OIOSの事実認定は、不正行為または義務違反を立証していない」と結論づけた。ところが2026年7月24日、締約国会議は非公開投票の単純多数(82締約国)で「重大な不正行為および重大な義務違反を犯した」と認定し、解任した。本人は否認している。専門家パネルが認定しなかったものを締約国の投票が認定した、その落差の公式な説明は確認できなかった。

逮捕状の当否と、検察官個人の処分は別の問題だ。逮捕状を出したのは3人の裁判官である。ただしこの逮捕状を設計し、請求し、テレビで公表した人物が、いま職を解かれているという事実は、制裁の是非を論じる材料にはなる。

イスラエル側は何と言っているか

イスラエル政府は「飢餓政策はない」と主張している。2025年8月22日の首相府声明は、10月7日以降に「イスラエルの許可により10万1千台のトラック、200万トンの援助がガザに搬入された」とし、住民1人当たり1トンを超えると述べた。援助が届かない原因はハマスによる略奪だとして、回収された援助トラック1,012台のうち倉庫に到達したのは10台だったというデータを挙げている。飢饉の認定については「まったくの嘘」だと反論した。

この主張の当否をここで判定することはできない。だが行為の存否そのものが、数字を伴って争われていることは記録しておく。

そもそもパレスチナは「国」なのか

米国の制裁の根拠は「イスラエルは締約国でないのだから管轄権はない」だった。これに対するICCの答えは「国籍ではなく、場所」である。規程12条2項は、(a) 犯罪が行われた領域の国、または(b) 被疑者の国籍国のどちらかが締約国であれば管轄が及ぶと定める。パレスチナは2015年1月2日に締約国になっている。だから「イスラエルは非加盟国だ」という指摘は、設計の上では反論になっていない。

批判側のいちばん強い主張は、その先にある。12条2項(a)は「」と書いている。パレスチナは、その「国」なのか。

イスラエル司法長官府は2019年12月20日、「いわゆる『パレスチナ事態』に対する国際刑事裁判所の管轄権の欠如」という意見書を公表した。主権的なパレスチナ国家は存在せず、西岸とガザに対する主権は「未定(in abeyance)」である。規程12条は「裁判所が委任された管轄権に基づいて活動する」原則に立脚しており、委任できるのは主権国家だけだ、という論である。米国務省も同じ日にポンペオ国務長官の声明を出し、「パレスチナ人が主権国家の要件を満たすとは考えていない」と述べた。2021年2月5日のプライス報道官声明も同じ文言を繰り返している。

この論点はICC自身が判断している。2021年2月5日の予審裁判部Iの決定(ICC-01/18-143、全60頁)は、「パレスチナは規程の締約国であると認定する。パレスチナは『問題の行為が行われた領域の国』に該当すると認定する。裁判所の領域管轄は、1967年以来イスラエルが占領している領域に及ぶ」と結論づけた。

ただしその論理は、一般国際法上の国家性を判断していない。裁判所のQ&A文書はこう説明する。「ICCは国家性の問題を決定する憲法上の権限を持たない」「パレスチナはローマ規程の締約国であり、その結果として、12条2項(a)の適用上の『国』である」。加入書を寄託して締約国になった以上、規程の枠内では「国」として扱う──そういう構成だ。

そしてこの決定は2対1だった。ペーテル・コヴァーチ裁判長が約160頁の一部反対意見を書いている。国連総会が与えた「非加盟オブザーバー国家」の地位と国際法上の国家性は区別すべきで、国家性の検討は避けて通れない。オスロ合意の下でパレスチナ自治政府はイスラエル国民を訴追できず、入植地と軍事施設は除外され、A・B・C地区で規律が異なる。したがってパレスチナは、自らが持っていない管轄権をICCに委任することはできない──。

この最後の一行が、批判側の最も強い武器である。nemo dat quod non habet(持たざる者は与えられない)という法諺で、イスラエルが2024年9月23日にICCへ提出した正式な管轄権異議も同じ論法をとる。裁判所の内部でも意見が割れた論点だということは、押さえておく必要がある。

なお、「12条2項(a)は領域国からの委任である」とICCの法廷意見が明示的に判示した箇所は、今回の調査では確認できなかった。委任理論は主として学説であり、皮肉なことに、その学説をいちばん熱心に使っているのは批判側である。

比較──プーチン氏への逮捕状は、どこが違うのか

同じ「非締約国の元首への逮捕状」でも、二つは立っている地面が違う。

プーチン氏とリボワ・ベロワ氏への逮捕状(2023年3月17日)の罪状は、占領地域からロシアへの住民(児童)の不法な追放および不法な移送という戦争犯罪で、条文は規程8条2項(a)(vii)と(b)(viii)。責任の形態も25条3項(a)・28条(b)まで明記されている。

そして行為があったこと自体を、ロシアはほとんど争っていない。2022年5月30日の大統領令第330号は、ウクライナ等出身の孤児が簡易な手続でロシア国籍を取得できるようにした公文書である。リボワ・ベロワ氏は2023年2月16日、占領下マリウポリ出身の15歳を自ら引き取ったと公表している。争点は「避難か追放か」の評価に絞られ、国連の独立国際調査委員会が逮捕状の前日に「安全上または医学上の理由によって正当化されるものではなかった」と結論づけた。2026年3月の続報では「国家最高レベルで構想された事前確立の政策」=人道に対する犯罪と認定している。

ネタニヤフ氏 プーチン氏
条文の明示 記載なし。罪名と「共同正犯」「文民上官」の語のみ 8条2項(a)(vii)・(b)(viii)、25条3項(a)・28条(b)を明記
事実の争い方 行為の存否そのものを、数字を出して争っている 移送があったこと自体は争っていない
独立の検証 国連機関の飢饉認定はあるが、当事者が正面から否認 国連の調査委員会が二度、独立に犯罪と認定
管轄権の争い 手続内で争われ、2025年4月に差戻し。実体判断は未了 ロシアは手続に参加していない(法的に無効との立場)
請求の出し方 検察官が裁判部の判断前にテレビで公表。外部パネルの関与に権限論争 非公開の請求。公表は発付後

付け加えれば、ウクライナ事態の捜査は43か国の締約国が付託して始まっており、そこには日本も入っている(2022年3月11日)。パレスチナ事態も自己付託に加えて5か国の追加付託がある。どちらも「ICCが独断で元首を狙った」わけではない

「一方的だ」という批判は、どこまで当たるか

論点 批判側 擁護側
非締約国を裁けるのか イスラエルも米国も締約国でない。同意していない国の国民をなぜ裁けるのか 12条2項(a)は「犯罪が行われた領域の国」が締約国なら管轄が及ぶ設計。国籍ではなく場所で決まる
その「場所」は国家か 主権的パレスチナ国家は存在せず、自らが持たない管轄権を委任できない 予審裁判部Iが「規程の枠内の『国』である」と判断。ただし2対1で、裁判長が反対
元首の免除 27条は締約国どうしで免除を外しただけ。非締約国の元首には慣習国際法上の免除が残る ICCは国際裁判所であり、人的免除は逮捕状の障害にならない。係争中で決着していない
審査が一方当事者だけで行われる 58条の「合理的な理由」は他の段階より実質的に低く、単なる嫌疑に等しい。しかも検察官が裁判部を説得する手続はex parteで、被疑者も、被疑者が首長を務める国家も、意見を述べる機会を与えられない 逮捕状は有罪認定ではなく身柄確保のための令状。反論の場は公判で保障される(ただし身柄が引き渡されない限り公判は始まらない)
証拠が見えない 逮捕状本文も、依拠した証拠も非公開。外部から検証できない 証人保護と捜査の保全のため。だから罪状と責任形態だけを例外的に公表した

この最後から二番目の行が、批判のいちばん硬い部分である。逮捕状を出すかどうかの審査は、検察官の側の言い分だけを聞いて行われる。被疑者にも、その人が元首を務める国にも、反論の機会はない。基準も、有罪認定の基準よりはるかに低い。これは制度の設計としてそうなっているのであって、陰謀ではない。だが、対象が国家元首である場合にその設計が適切かという問いは、まっとうな法律論として成り立つ。

批判が米国だけのものでないことも書いておく。フランス外務省は「国家は、ICC非締約国の免除に関する国際法上の義務と矛盾する行動を要求されえない」として、ネタニヤフ氏に免除があると主張した。イタリアのタヤーニ外相は逮捕は「実行不可能だ」と述べ、ドイツ政府報道官も拘束は想像しがたいとした。ハンガリーは脱退を表明し、2026年6月2日に発効している

赤根氏は、どの判断に加わったのか

誰を捜査するかを決めるのは検察官で、規程42条1項は検察局を「裁判所の別個の機関として独立して行動」すると定め、所長も指示できない。逮捕状を出すのは予審裁判部の裁判官3名(57条3項(a)・58条)。所長の職務は38条3項で「裁判所の適正な運営。ただし検察局を除く」と定められた行政の長である。そのうえで、赤根氏が実際に関わった判断はこうなる。

事件 赤根氏の関与
ネタニヤフ氏への逮捕状(2024年11月21日) 関与していない。出したのは予審裁判部I=ギユー裁判長、アラピニ・ガンス、ホーラー
イスラエルの異議の上訴審(2025年4月24日・12月15日) 上訴裁判部の裁判長を2回とも務めた。4月は差戻し、12月は維持
プーチン氏への逮捕状(2023年3月17日) 予審裁判部IIの3名の一人(所長就任は翌年。裁判長はアイタラ判事)

米国が制裁したのは、逮捕状を出した判断ではない。赤根氏はネタニヤフ氏への逮捕状に関与していない。指定の系譜が並んでいるのは、イスラエルの異議を審理した上訴審の線である。そしてその上訴審で、赤根氏の合議体は2025年4月にイスラエルの主張を一部認めて差し戻してもいる。

もう一つの措置──ロシアは、赤根氏を有罪にしている

赤根氏に向けられている措置は、米国の制裁だけではない。プーチン氏への逮捕状が出た3日後の2023年3月20日、ロシア連邦捜査委員会がカーン検察官と判事3名(赤根氏を含む)を立件した。この3名は、逮捕状を出した予審裁判部IIの構成そのものである。判事に適用されたのは刑法301条2項(故意の違法な拘禁)30条1項・360条2項(国際的保護を受ける者への攻撃の準備)。同年7月27日には内務省の指名手配リストに載った。

その後、2023年5月にカーン検察官とアイタラ判事の2名が欠席起訴され、2025年11月14日に捜査が終結して対象は9人に拡大。そして2025年12月12日、モスクワ市裁判所が9人全員に、欠席のまま有罪判決を言い渡した。刑期は3年6か月から15年の範囲だと報じられているが、赤根氏個人の刑期は特定できていない。

国連人権理事会の特別報告者2人が2026年1月21日、ロシア政府に共同書簡(文書番号AL RUS 1/2026)を送っている。9人の氏名を挙げたうえで、ICC職員に刑事管轄を及ぼす法的根拠は何か、欠席裁判における適正手続の保障はどうなっているのか、有罪判決の取り消しと逮捕状の撤回の措置をとるのか──と説明を求めた。回答期限は60日。ロシアが回答したかどうかは確認できていない。

米国の措置は行政処分で、根拠の大統領令が公表され、指定も官報に載る。ロシアがしたのは刑事罰であり、判決である。ICC自身は、本人不在で裁くことを規程63条1項で禁じている

日本の反応は、片側にしか出ていない

日本のICCへの財政貢献は分担率15.9%で世界1位(2023年)。赤根氏は2016年4月22日に当時の岸田外相が閣議で候補として指名し、翌年の締約国会議で当選した。

出来事 日本政府の対応
2023年3月20日 ロシアが赤根氏ら4人を立件 抗議・談話は確認できない
2023年7月27日 ロシアが赤根氏を指名手配 抗議・談話は確認できない
2025年12月12日 モスクワ市裁判所が9人に欠席有罪判決(3年6か月〜15年) 抗議・談話は確認できない
2026年8月18日 米国が制裁指定 翌19日に外務報道官談話「今回の措置は大変残念です」。首相も「極めて遺憾」。8月24日に超党派議連が非難声明

議連の声明は、トランプ政権の措置を「最も強い言葉で非難」し、日本政府の対応が「段違いに弱い」と批判した。牧島かれん元デジタル相は「日本が誇るべき人物」と述べている。

【論評】擁護するなら、その人が下した判断を見てからにすべきだ

ここまでは事実。ここからは当サイトの評価である。

まず、「制裁されて当然ではないか」という見方を、不勉強として片づけるのは間違っている。ネタニヤフ氏への逮捕状には、手続の弱さが実際に残っている。管轄権の実体判断が済まないまま令状が出て、上訴裁判部自身が「予審裁判部には法の錯誤があった」と全員一致で認めて差し戻した。その判断は1年9か月たっても出ていない。請求した検察官は裁判部の判断前にテレビで公表し、外部パネルに証拠審査を委ね、いまは職を解かれている。パレスチナが12条2項(a)の「国」に当たるかという土台の判断は、裁判所の中で2対1に割れ、反対したのは裁判長だった。これを「政治的な言いがかり」の一言で退けるのは無理がある。

そのうえで、米国の制裁については二つのことを分けたい。

一つ。「一方的だ」という批判は、捜査の開始という意味では当たらない。パレスチナ事態は領域国の自己付託と5か国の追加付託で動いている。だが逮捕状を出す審査そのものは、文字どおり一方当事者だけで行われる。被疑者にも、その国にも、反論の機会はない。証拠も令状本文も公開されない。基準は有罪認定よりはるかに低い。この設計で非締約国の元首を名指しし、しかも管轄権の判断が未了のまま令状を生かし続けるなら、当該国と同盟国が対抗措置に出るのは、驚くようなことではない。制裁が正しいかどうかとは別に、招いた側にも理由がある。

二つ。それでも、米国が制裁した相手は、逮捕状を出した判断ではない。赤根氏はその令状に関与していない。指定されているのは、イスラエルの異議を審理した上訴審の線である。異議を審理して結論を出すのは裁判所の職務そのもので、しかもその合議体は一度、イスラエルの主張を認めて差し戻している。審理したこと自体を理由に裁判官の資産を凍結するなら、それは判断の中身ではなく、判断すること自体を罰していることになる。

最後に、国内の擁護論に一つだけ言っておきたい。

議連の声明にも、外務報道官の談話にも、赤根氏がどの判断に加わり、その判断が正当だったのかという検証がない。あるのは「日本が誇るべき人物」「日本が送り出した」という属性の話だけである。だが守るべきかどうかは、その中身を見てから決めることだ。国籍を理由に守れというのは、法の議論ではなく身内の話である。そして検証してみれば、擁護できる部分(審理したことを罰するのはおかしい)と、擁護しきれない部分(この逮捕状の手続は現に争われている)の両方が出てくる。その両方を言えないなら、それは擁護ではなく応援にすぎない。

この記事で使った資料と、その確度

確度 事実 資料 評価の理由
★5 大統領令14203の前文の文言と、制裁指定の日付・対象者 連邦官報90 FR 9369、大統領文書集、OFACの指定発表 米政府の公式文書の原文
★5 ネタニヤフ氏らの逮捕状の罪状と認定内容、対象期間 ICC公式プレスリリース(2024年11月21日)、国連UNISPAL収録版 裁判所の公式発表。条文番号の記載がないことも本文に明記
★5 2025年4月24日の破棄差戻しと、2025年12月15日の維持決定 ICC公式発表、上訴裁判部判決原文(ICC-01/18-481) 裁判所文書の原文。ICC公式サイトは取得できず、公開ミラーと国連文書で確認
★5 予審裁判部Iの2021年2月5日決定と、コヴァーチ裁判長の一部反対意見 ICC-01/18-143(全文)、国連UNISPAL収録のQ&A 裁判所文書の原文
★5 ローマ規程の各条文(12条・18条・19条・27条・38条・42条・57条・58条・63条) 国連が公表する規程原文 条約の原文
★4 カーン検察官の解任(2026年7月24日、82締約国)と、2026年3月の専門家パネルの結論 国連ニュース、締約国会議関連の報道 非公開投票のため票数は報道ベース。解任の事実は国連が公表
★4 イスラエル首相府の援助量の主張(2025年8月22日) 首相府声明 当事者の主張であって認定ではない
★4 国連調査委員会の認定(A/HRC/52/62、A/HRC/61/61)と大統領令第330号 OHCHR公表の報告書原文、ロシアの法令データベース 国連文書は原文。大統領令は大統領府サイトに到達できず複数経路で一致
★3 ロシアの立件・指名手配・欠席有罪判決(2025年12月12日)と量刑の幅 ロシア連邦捜査委員会・内務省の発表、複数媒体で整合 「ロシア当局がそう発表した」という事実として扱う。赤根氏個人の刑期は特定できていない
★3 58条の審査がex parteであることへの批判 米国の元政府法律顧問らによる論考(2024年12月) 学説。ただし手続がex parteであること自体は規程の構造から確認できる
★3 フランス・イタリア・ドイツ・英国の各表明 各国政府の発言の報道 複数媒体で整合
★2 ICCが逮捕状の根拠にした証拠の内容・分量 非公開 逮捕状本文も58条決定も秘密指定。外部からの検証は不可能

次に確認できる日付

時期 何があるか
随時 差し戻された19条2項の管轄権判断が予審裁判部から出るか。どちらの結論でも再上訴が見込まれる
随時 茂木外相とルビオ国務長官の会談で、赤根氏への制裁不適用を求めるとされる。結果が出るか
随時 ロシアが国連特別報告者の書簡(回答期限は2026年3月下旬)に回答したか。OHCHRの通報データベースに掲載される
2026年12月 ICC締約国会議。次期検察官の選挙。次期裁判官選挙で日本は山内由光氏を擁立している
2027年3月 赤根氏の裁判官任期が満了し、所長の任期も終わる

補足:言葉の整理

言葉 意味(読み手への影響)
12条2項(a) 犯罪の現場になった国が締約国なら管轄が及ぶ、という規定。イスラエルが締約国でなくても、パレスチナが締約国だから管轄が成立する、というのがICCの構成
18条の通報 検察官が捜査を始めるときに関係国に知らせる手続。知らされた国は1か月以内に「自国で捜査するので待ってほしい」と延期を求められる。イスラエルはこの通報のやり直しを求めて争った
19条2項の管轄権異議 国家や被疑者が「そもそもICCに管轄権はない」と正面から争う手続。イスラエルの異議は2025年4月に上訴裁判部が差し戻し、実体判断はまだ出ていない
逮捕状と判決 逮捕状=「その人がやったと信じる合理的な理由がある」段階で出る令状(58条1項)。判決=公判を開いて有罪か無罪かを決めたもの。ICCがネタニヤフ氏・プーチン氏に出したのは逮捕状まで

編集者K

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