国土交通省が、運転者の眠気と脇見を検知して警報する装置を、新しく売り出す車に義務づける方向で動き出した。8月21日に道路運送車両の保安基準などの改正案を公示し、9月21日まで意見公募をしている。「クルマがドライバーを監視する」「映像はどこへ行くのか」という受け止めが広がっているが、その多くは条文を読まずに語られている。そこで一次資料──改正案の原文と、土台になっている国際規則の条文──を開いた。分かったのは三つ。第一に、装置の正式名称は「眠気警報装置」「脇見警報装置」で、スマホ操作そのものを識別する規定ではない。第二に、映像を保存・送信させる規定は確認できたどの資料にもなく、土台のEU規則はむしろ保存と第三者提供を明文で禁止している。第三に、これはまだ決定ではない──意見公募が9月21日まで開いており、誰でも意見を出せる。怒るにも賛成するにも、まず条文から始めたい。
いま決まりつつあること
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何を義務化 | 「眠気警報装置」「脇見警報装置」=運転者の状態を監視し、眠気・脇見を検知した場合に運転者へ警報する装置(改正案の原文の言い回し)。報道の「DMS(ドライバーモニタリングシステム)」は通称 |
| いまの段階 | 決定ではなく意見公募中。国土交通省が道路運送車両の保安基準等の改正案を8月21日に公示し、8月22日〜9月21日がパブリックコメント期間(e-Gov 案件155260927)。予定では9月30日公布・10月20日に基準として施行 |
| 義務の適用 | 新型車は2031年9月から、継続生産車は2033年9月から(各社報道が一致。適用日はパブコメの概要資料では確認できず、本文条文の確認待ち) |
| 対象 | 国産車・輸入車を問わず、乗用車・トラック・バスなど。バイクは対象外(報道ベース) |
| 義務の宛先 | メーカー側(車両の基準)。運転者への新しい義務・罰則ではない(後述) |
まず押さえたいのは2行目だ。「義務化が決まった」わけではない。改正案が公示され、意見を募っている段階で、国交省の報道発表一覧にもこの件のプレスリリースはまだない。各社の報道は、取材とこのパブコメを根拠にしている。
カメラは何を見て、何を残すのか──いちばんの心配を条文で開く
「監視社会だ」という受け止めの核心は、突き詰めると一つの問いになる。カメラが撮ったものは、残るのか。どこかへ送られるのか。
改正案の概要に書かれている装置の仕事は「眠気・脇見を検知した場合に運転者へ警報する」まで。報道されている仕様では、脇見は時速50km以上で3.5秒、時速20〜50kmで6秒、視線が前方から外れると警報音やハンドルの振動で知らせる。眠気はまぶたの閉じ具合や顔の向きから、時速70〜130kmの範囲で検知する。そして、映像やデータを保存・送信させる規定は、確認できたどの資料にも存在しない。自動でクルマを止める規定も、運転者に罰則を付ける規定もない。装置の名前のとおり、「警報装置」である。
さらに強い材料がある。この基準の土台になったEU(欧州連合)の一般安全規則は、プライバシーについて明文の禁止規定を置いている。原文から訳す。
「居眠り・注意力警告システムと高度注意散漫警告システムは、収集の目的に必要なデータ以外を継続的に記録せず、保持しないよう、閉ループシステム(外に出ない処理の輪)の中で設計されなければならない」
「これらのデータは、いかなる時も第三者がアクセスし、または入手できるようにしてはならず、処理後は直ちに削除されなければならない」(EU規則2019/2144 第6条3項・当サイト訳)
つまり欧州の設計思想は「車内で検知し、警報を出し、消す」。しかも脇見警告の実施規則は「システムは乗員の生体個人データに依存してはならない」とまで書いており、顔で個人を識別すること自体を避ける建て付けだ。日本の改正案が取り入れる国連規則(後述)はこのEU規則をベースに作られている。ただし正直に書いておくと、国連規則の本文と日本の告示案の本文に同じ禁止条項が入っているかは、原文が取得できず確認できていない。現時点で言い切れるのは「録画・保存・送信を義務付ける規定は、どこにもない」までであり、それでも「映像がどこかに送られる」という心配とは、かなり距離がある。
もう一つ、通り名と中身のズレがある。「ながらスマホを検知する装置」と呼ばれているが、基準上の検知対象は「眠気」と「脇見(視線が前方から外れること)」だ。スマホ操作そのものを識別する規定ではない。スマホを見ていれば視線が外れるから結果として鳴る、という関係で、手に持たず膝の上で見ても、カーナビを長く見つめても、条件を満たせば同じように鳴る。「脇見」の定義も感覚ではなく幾何学で決まっており、EUの実施規則は目の基準点から下方30度未満などの領域に視線がとどまる時間で判定する。ダッシュボード下のスマホも、その領域に入る。
なお、装置をオフにできるのか(スイッチの有無)と、装置が故障したまま車検を通せるのかは、今回確認できた資料には記載がなかった。運転者の生活に直結するのはむしろここで、パブコメ後に公布される本文で確認すべき論点として残る。
義務は誰に付くのか──あなたの車はどうなる
二つ目の誤解は「違反したら捕まる」だ。今回の改正は道路運送車両の保安基準、つまりクルマが売られるために満たすべき国の基準の話で、義務はメーカーの側に付く。装置のない新型車が2031年9月以降は認証を受けられなくなる、という形の義務化であり、運転者に新しい罰則が付くわけではない。シートベルトやエアバッグ、ブレーキの性能がそうであるように、「クルマに標準で付いてくる安全装備」が一つ増える、というのが制度上の正確な姿だ。
そして、いま乗っている車には付かない。適用は「2031年9月からの新型車」「2033年9月からの継続生産車」と生産時点の車両で区切られており、使用中の車や中古車に遡って付けさせる規定はなく、後付けの義務もない。2031年8月までに買った車は、そのまま乗り続けられる。読者の「自分の車はどうなるのか」への答えは、「何も起きない」である。
運転者の側の義務は、既にある別の法律の話だ。ながらスマホは2019年12月の道路交通法改正で厳罰化されており、手に持って通話・注視すれば違反点数3点・反則金1万8千円(普通車)、罰則は6月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金。事故などの危険を生じさせれば6点で即免許停止、1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金となる(警察庁)。今回の装置は、この運転者への罰則とは別立てで、クルマの側から事故を減らそうとする仕組みという位置づけになる。
世界の現在地──EUは今年7月から「全新車」に
「日本だけが監視される」わけでもない。むしろ日本は後発だ。
| 地域 | 居眠り警告(DDAW) | 脇見警告(ADDW・視線検知型) |
|---|---|---|
| EU | 新型式2022年7月〜、全新車2024年7月〜(義務化済み) | 新型式2024年7月〜、全新車2026年7月〜(先月から適用) |
| 日本 | 2026年10月に国の基準へ取り入れ(予定)→ 新型車2031年9月・継続生産車2033年9月から義務(予定) | |
| 米国 | DDAW/ADDW単体の義務化規則はまだない(飲酒・障害運転防止技術の義務化を法律が指示したが、規則づくりが遅延中) | |
EUでは居眠り警告が一昨年から全新車に付き、視線を検知する脇見警告もこの7月から全新車に義務化された。つまり、欧州で売られる新車には、日本より5年早く「運転者を見るカメラ」が載り始めている。二つの装置の性格の違いも押さえておきたい。居眠り警告(DDAW)は実はカメラ必須ではなく、EUの実施規則は「顔認識を含む生体情報を使わずに通常動作しなければならない」と明記して、ハンドル操作の微修正の減り方や車線内のふらつきといった運転の挙動から眠気を推定する方式を想定している。カメラで視線を見るのは脇見警告(ADDW)の側だ。「カメラで監視」のイメージは、半分にしか当てはまらない。そして日本の改正案は独自の発明ではなく、国連の自動車基準調和会議(WP.29)が2026年3月に採択した国連規則第182号(眠気警報)・第183号(脇見警報)を国内基準に取り入れるものだ。改正案の施行予定日10月20日は、この国連規則の発効日と一致している。国際基準への追従──これが今回の義務化の正確な位置である。ちなみに米国は別の道を歩いていて、2021年のインフラ投資雇用法が「飲酒・障害運転を受動的に検知して防ぐ技術」の義務化規則を作るよう当局に指示したが、実用技術が追いつかず規則づくりは遅延中だ。居眠り・脇見警告そのものの義務化規則は、まだない。
ではEUの運転者は黙って受け入れたのか。そうでもない。全新車適用が始まった今年7月前後には「規則は記録を禁じているが、ハードウェアが載ってしまえば、ソフトの変更とストレージの追加だけで記録装置に変えられる」という将来の転用リスクを指摘する論説が出ており、英国の調査では運転者の54%が何らかの運転支援機能をオフにしているとも報じられた(Reason誌)。誤警報・過剰警報への実用面の不満も報道されている。「いまの条文は監視を禁じている」と「載ったカメラは将来転用され得る」は、両方とも事実として成立する──この区別が、この議論のいちばん誠実な置き場所だと思う。
数字の根拠──厳罰化で半減し、そしてリバウンドした
クルマの側に義務を付ける根拠は、運転者への罰則だけでは止まらなかったという数字にある。
警察庁の統計では、携帯電話等の使用による死亡・重傷事故は2025年(令和7年)に148件(うち死亡事故26件)。携帯電話を使用した場合の死亡事故率は、使用しない場合の約3.4倍にのぼる(警察庁)。2019年12月の厳罰化の効果は劇的で、ながらスマホ事故は2019年の2,645件から2020年に1,283件へほぼ半減した(交通安全白書)。ところが死亡・重傷事故で見ると、その後は2020年の67件を底に79件、93件、129件、138件と毎年増え続け、2025年の148件は厳罰化前を上回る水準まで戻っている(警察庁統計のグラフからの読み取りを含む)。罰則は効いた。しかし効き目は続かなかった。これが「罰則の次はクルマの側で」という流れの背景にある数字だ。
居眠り・脇見の側も重い。交通死亡事故を法令違反別に見ると安全運転義務違反が約半数を占め、その中でも漫然運転・脇見運転・運転操作不適が上位に並ぶ(令和7年交通安全白書)。これらは装置が減らせると期待されている事故の型そのものだ。
実は、もう載っている──先行搭載の10年
「見張るカメラ」は、未来の話でもない。スバルは2018年の新型フォレスターからドライバーモニタリングシステムを積み始め、現在はインプレッサ、クロストレック、レヴォーグなど幅広いグレードに展開している。走行中に運転者が一定時間目を閉じたり、顔の向きを前方から大きく外したりすると注意を促す──今回義務化される仕組みの先行形だ(スバル公式FAQ)。トヨタは2021年のAdvanced Drive(レクサスLS・MIRAI)で顔の向き・目の開閉・視線を検知するドライバーモニターを載せ、いまはノアやクラウン、アルファードにも搭載する。日産のプロパイロット2.0(2019年)では、ハンズオフ(手放し)運転の条件そのものが「カメラが前方注視を確認していること」だ。国交省も2020年12月に眠気・脇見検知システムのガイドラインを作っており(国交省)、技術としては10年近い蓄積の上にある。
一方で正直に書いておくと、これらの先行搭載車で事故がどれだけ減ったかを定量的に示す公的データは、今回確認できなかった。効果の実測はこれからの宿題である。
「運転のルール」書き換えの年表──罰則から、クルマの義務へ
並べると流れが見える。2019年からの数年は、ながらスマホ厳罰化・妨害運転罪・自転車の罰則強化と、人を罰する方向の改正が続いた。9月1日に始まる生活道路の30km/h制限(当サイト既報)は道路の側のルール変更で、そして2031年からの警報装置はクルマの側に義務を移す改正だ。運転者を厳しくする→道路を変える→クルマに仕事をさせる。ルールの書き換えは、静かに主語を変えながら進んでいる。
なぜ5年も先の2031年なのかについて、国交省は「適用までに十分な準備期間を設ける」と説明していると報じられている。カメラとセンサーの部品コストは1台あたり数千円から1万円程度とみられ(日経報道)、価格の安い小型車ほど影響が相対的に大きい。開発と価格転嫁の時間、それが5年の中身だ。
【論評】怒る前にも賛成する前にも、確認すべきは「何が残るか」だった
ここまでは事実。ここからは当サイトの評価だ。
「クルマに監視される」と怒る側にも、「安全のためだ、当然だろう」と言う側にも、それぞれ抜けている事実がある。監視だと怒る側に欠けているのは、条文が義務付けているのは警報だけで、映像を残す規定はどこにもなく、土台のEU規則は保存も第三者提供も明文で禁じているという事実。当然だと言う側に欠けているのは、義務の宛先はメーカーであって運転者ではなく、しかもまだ決定ですらなく、9月21日まで誰でも意見を出せるという事実。反対するにも賛成するにも、まず「何が記録されるのか」を知る必要がある。そしてそれは、この件をめぐる議論の中でほとんど語られていない。
そのうえで、EUの論説が指摘した「載ったハードは転用できる」は、頭の片隅に置いておく価値がある。守るべき一線は、カメラが付くかどうかではなく、「閉ループで処理し、残さず、外に出さない」という条文の一行が、日本の基準にも明記されるかどうかだ。パブコメに書くことがあるとすれば、賛否の前に、まずそれだと思う。
この記事で使った資料と、その確度
★2でも用途を限定すれば材料になる。
| 確度 | 事実 | 資料 | 評価の理由 |
|---|---|---|---|
| ★5 | 改正案の存在・装置の正式名称・パブコメ期間(8/22〜9/21)・公布/施行予定日 | e-Gov 案件155260927・改正概要PDF | 政府の一次資料 |
| ★5 | EUの記録禁止条項(第6条3項)・DDAW/ADDW実施規則の適用日条文 | EU規則2019/2144・同2023/2590 | 規則原文を確認 |
| ★5 | 事故統計(148件・約3.4倍・半減とリバウンド)・2019年厳罰化の内容 | 警察庁・交通安全白書 | 政府統計(推移の一部はグラフからの読み取りを含む) |
| ★4 | 国連規則182号・183号のWP.29採択(2026年3月)と10月20日発効 | GlobalAutoRegs・EU理事会決定2026/563 | 専門データベースとEU公文書。UNECE本体はアクセス不可 |
| ★3 | 適用時期(新型車2031年9月・継続生産車2033年9月)・対象車種・コスト数千円〜1万円 | 日経ほか各社報道 | 報道各社が一致。ただしパブコメ概要資料では適用日を確認できず、本文条文の確認待ち |
| ★3 | 検知の秒数・速度域(3.5秒/6秒・70〜130km/h) | 日経報道の引用・EUのADDW実施規則の同種数値 | 報道ベースだがEU規則の数値(50km/h超で3.5秒等)と一致 |
| ★3 | EUでの反発・54%が支援機能をオフ | Reason誌 | 論説誌。世論の描写に限定して使用 |
| ★2 | 国連規則本文・日本の告示本文における記録禁止条項の有無 | (UNECE原文が取得不可) | 未確認。本文では「規定はどこにもない」までに表現を限定し、断定していない |
次に確認できる日付
最初の日付は9月21日──意見公募の締め切りだ。「監視ではないか」と思う人も、「もっと早くやれ」と思う人も、e-Govの案件ページから意見を出せる。予定どおりなら9月30日に公布、10月20日に国連規則の発効と同時に国の基準へ取り入れられ、そこで適用日(2031年9月・2033年9月)が条文の形で確定する。公布された本文で、検知の仕様と、記録に関する条項の有無を確認して、この記事に足す。その前に、まず9月1日──生活道路の30km/hが始まる。運転のルールの書き換えは、6日後にもう一つ動く。
補足:言葉の整理
| 言葉 | 意味(読み手への影響) |
|---|---|
| 保安基準 | クルマが日本で売られ、車検を通るために満たすべき国の基準(道路運送車両法に基づく省令)。義務はクルマ=メーカーに付き、運転者の違反・罰則の話ではない |
| 新型車と継続生産車 | 新型車=新しく型式を取って売り出すモデル。継続生産車=既に売っているモデルをそのまま作り続けるもの。義務は新型車(2031年9月)が先で、継続生産車(2033年9月)が後。いま持っている車はどちらでもなく、対象外 |
| パブリックコメント | 国が省令などを作る前に、案を公開して誰でも意見を出せる手続き。今回は9月21日まで。出された意見への国の考え方は、後で公表される |
| DDAW/ADDW | 国際基準での呼び名。DDAW=居眠り・注意力警告(ハンドル操作のふらつき等からも検知でき、カメラ必須ではない)。ADDW=高度注意散漫警告(視線が前方から外れたことを検知する、カメラ前提の仕組み)。日本の「眠気警報装置」「脇見警報装置」に対応 |
| 閉ループ | 検知した情報を装置の中だけで処理し、外に出さない設計。EU規則はこの言葉で「記録しない・第三者に渡さない・処理後すぐ消す」を義務付けている |
| WP.29 | 国連の自動車基準調和世界フォーラム。各国のクルマの基準をそろえる場で、今回の警報装置の国際規則(182号・183号)は2026年3月にここで採択された。日本の義務化はこの国際規則の取り入れ |



