2026年7月31日、学校法人同志社の第三者特別調査委員会が、辺野古沖の船転覆事故についての調査報告書を公表した。218ページある。
そこに、これまで一度も報じられていなかった事実が書かれていた。3月16日に亡くなった同志社国際高校2年の武石知華さん(17)は、辺野古コースからの変更を希望していた。そして人数調整の抽選に外れ、そのコースに残された。
武石さんの両親は、報告書が出るまでそれを知らなかった。「報告書で初めて知り、心の整理がまだできていません」とコメントしている。
「生徒が自分で選んだコースだった」という説明の上に、この4か月半は積み上げられてきた。その土台に、別の一行が加わったことになる。
図の上の段が、報告書で新たに分かった流れである。下の左が、その間ずっと説明されていなかったことだ。順に見ていく。
報告書は218ページある。3人の弁護士が48人から話を聞いた
まず、この報告書がどういうものかを押さえる。
作ったのは学校法人同志社の第三者特別調査委員会。委員長は渡辺徹弁護士で、委員は弁護士3人、調査を補助した者が20人。調査期間は2026年3月28日から7月31日まで、委員会は22回開かれている。
話を聞いた相手は48人。内訳は教職員17人、学校法人の職員2人、生徒10人、旅行会社2人、そのほか外部団体の関係者である。生徒36人にアンケートを配り、22人が回答した。
目次はこうなっている。
| 章 | 見出し |
|---|---|
| 第1 | 調査の概要 |
| 第2 | 学校法人同志社及び同志社国際高校の概要 |
| 第3 | ガバナンス・リスク管理体制等・安全管理体制 |
| 第4 | 沖縄研修旅行について |
| 第5 | 2025年度沖縄研修旅行(本研修旅行) |
| 第6 | 学校法人同志社の安全配慮義務違反の有無 |
| 第7 | 本件事故が発生した原因 |
| 第8 | 再発防止策の提言 |
| 第9 | 結語 |
本稿の書き手が報告書のPDFから直接読めたのは、目次と第1章から第3章まで(およそ86ページ分)である。コース選択について書かれているのは第5章で、そこから先は本文を読めていない。第5章以降の内容は、共同通信・琉球新報・朝日新聞などの報道と、遺族が公開している読解を通じて確認したものである。原文にあたれていない部分は、その都度どの媒体によるかを書く。
読めた範囲でも、この学校の構造については書かれている。「監事監査の対象には『教員の教育研究の内容』は含まれない」ため、教育活動そのものは直接の監査対象ではない。そして各設置校が独立して教職員を採用しており、学校間の人事交流はほとんどない。
つまり、研修旅行の中身は、法人のガバナンスの目が届かない場所に置かれていた。この点は、あとで効いてくる。
武石知華さんは、コースを変えてほしいと申し出ていた
報告書でいちばん重い事実は、第5章にある。共同通信が7月31日18時19分に配信した記事の本文を、そのまま引く。
同校は昨年10月、複数あるコース別学習のうち希望コースを選んでもらう調査を実施。辺野古コースは参加可能人数を超えたが、変更申し出の締め切り日までに応じる生徒はおらず、空いているコースに移ってもいい人を改めて募ったところ、武石さんを含む複数の生徒が変更希望を提出。人数調整の抽選をした結果、変更を認められたのは14人で、武石さんは外れた
── 共同通信 2026年7月31日配信
琉球新報は、報告書から人数を引いている。変更を希望したのは合計51人。認められたのは14人。同紙の記事の冒頭はこうである。「研修旅行前、辺野古で乗船するコースからの変更希望を提出していたことが31日、第三者委員会の調査報告書で分かった」。
時系列にすると、こうなる。
| 時期 | 起きたこと |
|---|---|
| 2025年10月 | 学校が、希望コースを選んでもらう調査を実施 |
| その後 | 辺野古コースが参加可能人数を超える。変更申し出の締め切りまでに、応じる生徒はいなかった |
| 締め切り後 | 担当教諭が「空いているコースに移ってもいい人」を改めて募る |
| 再募集 | 51人が変更を希望。武石さんも、この中にいた |
| 抽選 | 変更が認められたのは14人。武石さんは外れた |
| 2026年3月16日 | 辺野古コースに当日参加したのは35人(欠席を含めると37人)。船2隻が転覆し、武石さんと船長の金井創さん(71)が死亡 |
ここで、正確に書いておかなければならないことがある。
「乗りたくなかった」と本人が言っていた、という記録は公開されていない。確認できるのは、変更を希望したこと、抽選に外れたこと、この2つだけである。変更を希望した理由も公表されていない。
そして、最初の選択は本人の意思だった。遺族が4月1日に公開した文章に、武石さんの言葉が残っている。「美ら海水族館に行きたいんだけど、美術館で怖い絵を見るよりかは、お友達と綺麗な珊瑚礁を見る方が楽しそうじゃん」。辺野古コースは、ボートで海から辺野古を見たあと、美ら海水族館に行く行程だった。
最初は選んだ。あとで変更を希望した。抽選に外れた。この順番が事実である。どれか一つを抜くと、話が変わってしまう。
「51人が希望した」を、どう読むか
この数字については、慎重な読み方が要る。
変更を希望したのが51人、認められたのが14人。差し引きは37人で、辺野古コースの参加者数(欠席を含めて37人)と一致する。そのため「37人全員が辺野古コースを避けたがっていた」と解釈する記事がすでに出ている。
だが、共同通信も琉球新報も「全員」とは書いていない。そして共同通信の原文は「空いているコースに移ってもいい人を改めて募った」である。「辺野古に行きたくない人」を募ったのではない。この2つは意味が違う。
本稿は「37人全員が避けたかった」とは書かない。報告書の第5章を原文で読めば決着する話だが、現時点でそこは読めていない。言えるのは、少なくとも51人が「移ってもいい」と手を挙げ、14人しか動かせなかった、という事実だけである。
それでも、この事実には重さがある。コースの定員は、生徒の希望より先に決まっていた。希望が定員を超えたあと、学校が動かしたのは「移ってもいい人」のほうだった。移りたいと手を挙げた51人のうち、37人はそのまま残された。
遺族は、それを報告書で初めて知った
両親のコメントを引く。
知華が一度、コース変更希望を出していたこと、抽選で外れて辺野古コースに残ることになったことを報告書で初めて知り、心の整理がまだできていません
── 武石知華さんの両親(共同通信・関西テレビ・沖縄タイムスが同趣旨で報道、2026年7月31日)
事故は3月16日。報告書は7月31日。その間の4か月半、学校は遺族にこれを伝えていなかったことになる。
遺族は4月からnoteで発信を続けている。4月1日の文章には、こう書かれている。「私は当日まで、知華が『抗議船』に乗ることなど全く知りませんでした」。
7月29日の記者会見の要旨にも、同じ趣旨がある。「学校を信じて送り出した研修旅行で、私たちの知らないうちに、抗議活動に使われてきた船に乗せられ」。
知らなかったのは保護者だけではない。
どんな船に乗るのか、生徒にも保護者にも説明されていなかった
これは推測ではない。行政の公式文書に書いてある。
文部科学省と京都府が5月22日に公表した「同志社国際高等学校の研修旅行等について」に、次の一文がある。
どのような船に乗るのかについて、生徒や保護者への事前説明がなされていなかったこと
── 文部科学省・京都府「同志社国際高等学校の研修旅行等について」2026年5月22日
同じ文書には、乗船の履歴も書かれている。ボート乗船は2023年3月に始まり、2024年3月、2025年3月(雨天中止)、2026年3月と続いた。そして「2024年3月、2025年3月、2026年3月の乗船に関しても、事前の下見を行っていない」。最初の2023年も下見はなかった。4回とも、誰も現場を見ていない。
コースの中身を生徒に紹介したのは、生徒だった。同校の3年生が公開した手記に、こうある。研修旅行委員会でコース紹介を担当し、スライドと説明原稿を作り、「これらはすべて、事前に教員による」チェックを受けた。それでも、
辺野古コースで乗船する予定の船が「抗議船」であるという説明、指摘は一切(なかった)
それがどのような団体の船なのか、私たちが知る機会は閉ざされていました
── 同志社国際高校3年生の手記「余白の告白」(2026年6月・匿名)
この手記は匿名であり、本人確認はできない。ただ、内容は文科省・京都府の報告書の記述と食い違わない。コースを選ぶ側にも、紹介する側にも、船の素性は渡っていなかった。
この乗船は2023年に始まり、学校は3年で6回、謝礼を払っていた
辺野古コースそのものは、もっと古い。文科省・京都府の報告書によれば、2015年から2018年にかけて、一部のコースで辺野古のテント村を訪問していた。ボートに乗るようになったのは2023年3月からである。
この3年間に何回乗ったのか。国土交通省が2026年5月22日に出した報道発表に、数字が書かれている。金井さんは2023年以降、同校からの依頼を受けて、計3か年で6回にわたり生徒と教員を運送し、学校から謝礼を受け取っていた。国はこれを海上運送法違反として、同日、中城海上保安部に告発した。
なぜ違反になるのか。他人の求めに応じて人を船で運ぶ場合、小型船であっても事業の登録が必要になる。有償か無償かは関係がない。登録があれば安全管理規程を作る義務が生じる。この2隻は登録がなく、したがって安全管理規程もなかった。
金銭のやりとりについては、双方の説明が食い違っている。学校側は「船の使用料として計1万5000円を支払った」と説明した。乗組員3人に各5000円である。団体側は「カンパという形」で受け取ったと認めている。団体は「無償だから登録は要らない」という立場だった。
そして5月22日は、もうひとつの判断が出た日でもある。文部科学省が、この研修旅行の学習内容について、教育基本法違反にあたると認定した。報告書の文言はこうである。
現時点で把握した情報からは、辺野古への移設工事に関する学習について、政治的活動を禁じる教育基本法第14条第2項に反するものであったと考えられ
── 文部科学省「同志社国際高等学校の研修旅行等について」2026年5月22日
その根拠として挙げられているものの中に、研修旅行のしおりの記述がある。2015年と2016年のしおりには、ヘリ基地反対協議会からの要請文がそのまま載っていた。
辺野古新基地建設反対に賛同して、この座り込み現場に来てくださったことを歓迎いたします。共に闘うために
── 2015年・2016年の研修旅行のしおりに掲載された要請文(文部科学省・京都府の報告書より)
同じ報告書には、2015年に辺野古コースに参加した生徒の感想も引かれている。「ヘリ基地反対協議会の共同代表」の名前を具体的に挙げたうえで、その人から基地に反対する理由を聞いた、という記述だった。
ここは、意見が割れるところだと思う。基地問題を扱うこと自体を否定する必要はない。だが「共に闘うために」と書かれた紙を配って生徒を連れて行くのは、学習ではなく参加である。そしてその区別を、学校は10年以上つけないまま続けていた。文科省は、平成27年の通知が意思決定の過程で一度も参照されていなかったことも指摘している。
船長の金井創さんは事故の1年前、生徒の前で「海では実に簡単に人が死ぬ」と話していた
報告書が使った言葉が、報道されている。学校が船長に寄せていた信頼を、委員会は「根拠のない盲目的な信頼」と書いた。その根拠については、こう書かれているという。
牧師であることや平和活動に従事する人との印象を基礎とする漠然としたものとしかいいようがなく
── 第三者特別調査委員会 調査報告書(遺族が公開した読解による引用、2026年8月8日)
疑う機会は、いくつもあった。
「不屈」の船長だった金井創さん(71)は、2019年に『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』という本を出している。その本は同校の図書館に所蔵されていた。本にはこう書かれている。
辺野古の海は見ている分にはきれいですが、船を走らせるとなると本当に怖い海なのです
海では簡単に人が死にます。ですから船に同乗している人たちの命を預かる船長の責任は重いのです
── 金井創『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』(みなも書房、2019年)より。デイリー新潮・八重山日報が引用
本を読まなくても、聞く機会はあった。事故の1年前、金井さんは同校の開講式で、生徒と教職員を前に「海では実に簡単に人が死ぬ」と話している。仲間の船長が抗議活動中に死亡したことにも触れていた。さらに事故の2日前、研修旅行の開会礼拝でも話をしている。
金井さん自身が、辺野古の海を「本当に怖い海」と書き、人が死ぬと言い、実際に仲間を亡くしていた。その人が船長を務める船に、武石さんは乗った。そして金井さんも亡くなっている。
過去の生徒は、感想文に恐怖を書いていた
もうひとつ、見過ごされた記録がある。文科省・京都府の報告書に、こうある。
事後の生徒の感想において、警備中の船から注意を受けたり、船に乗ることに恐怖を感じたりした者がいたこと
過去の研修旅行において乗船時の恐怖を生徒が感想文に記載していたこと
── 文部科学省・京都府「同志社国際高等学校の研修旅行等について」2026年5月22日
そして京都府の報告書は、続けてこう書いている。「校長や管理職、教職員の間で疑問が呈されたり、議論がなされたりしたことはなかった」。
第三者委の報告書には、2022年度に参加した生徒の感想文に恐怖の記載があったこと、その感想文を読んだ記憶のある教諭が、海上保安庁の船を「一般的なもの」と受け止めていたことが書かれているという(この部分は本文を読めていない)。
整理すると、こうなる。
| 実施 | 下見 | その後 |
|---|---|---|
| 2023年3月(初回) | なし | ボート乗船を開始 |
| 2024年3月 | なし | 感想文に恐怖の記載があったが、議論されず |
| 2025年3月 | なし | 雨天のため中止 |
| 2026年3月 | なし | 2隻が転覆。生徒1人と船長が死亡、16人が負傷 |
報告書は「安全配慮義務違反」を認定した
第6章の結論は、報道で伝えられている。学校法人同志社の安全配慮義務違反を認定し、3つの点で「明らかな違反」があったとした。事前調査、計画と実施における安全確保、そして生徒と保護者への説明である。朝日新聞は「非難免れず、猛省を」という言葉を見出しに取った。
ただし報告書は、民事・刑事の責任追及そのものは目的にしていないと明記しているという。遺族はその点について、8月7日に公開した文章で、責任は消えないと書いている。報告書に記された各年の判断を並べたうえで、そういう判断がなされたのなら、判断した人がそれぞれいる、という趣旨である。
報告書の記述として遺族が挙げているのは、たとえば次のような流れだ。2022年、学年の担当者が船を見ることも試乗することもないままボートの実施を了承した。2023年、担当が代わり、前年までの安全上の懸念を確認しないまま、2隻の予定が1隻になったことを受け入れた。2025年、担当者が下見の実施を問うたが、先輩教員の説明を受け入れて見送った。
誰も止めなかったのではない。止める機会は毎年あって、毎年見送られた。広島ホームテレビは報告書の分析を「他人任せの連鎖が形成」と伝えている。
まだ分かっていないこと
この記事で書けなかったことを、そのまま置く。
武石さんがコース変更を希望した理由は公表されていない。恐怖だったのか、友人関係だったのか、別の行き先に惹かれたのか。報告書の第5章に書かれている可能性はあるが、本稿はそこを読めていない。
「37人全員が変更を希望していた」のかどうかも、確定していない。51から14を引くと37になるという算術は一致するが、報道はそう書いていない。
学校が3月17日の記者会見でコース選択をどう説明したのか、原文が確認できていない。会見のノーカット動画は複数の放送局が公開しているが、書き起こしは出ていない。「37人全員が希望していたと説明した」と書いている論評サイトはあるが、いつどこでの発言かを特定していない。会見の映像を最後まで見て文字に起こすまで、本稿は「学校がこう言った」とは書かない。
刑事の手続きは動いている。7月27日に遺族が学校法人と校長ら4人、船を運航していた団体の共同代表ら7人の計11人を業務上過失致死傷などの疑いで刑事告訴し、翌28日に海上保安庁が同校を家宅捜索した。告訴は「捜査してほしい」という申告であって、有罪の認定ではない。告訴された11人には無罪の推定が働く。
次に確認できるのは3つある。運輸安全委員会の船舶事故調査報告書(現在は「調査中」)。学校法人同志社が第三者委の提言を受けて何をするか。そして海上保安庁の捜査が誰を立件するか。
報告書は218ページある。そのうち、武石知華さんがコースを変えてほしいと申し出ていたという事実は、たった数行だろう。その数行を、遺族は7月31日まで知らなかった。
この記事で使った資料と、その確度
★の低い資料を使わなかったという意味ではない。★2でも、用途を限定すれば材料になる。以下は、どの資料を何に使い、何に使わなかったかの一覧である。
| 確度 | 媒体 | 資料 | 評価の理由 |
|---|---|---|---|
| ★5 | 文部科学省・京都府 | 同志社国際高等学校の研修旅行等について(文科省)/同(京都府) | 一次公文書。原文を直接読んだ。「船の事前説明なし」「4回とも下見なし」「感想文に恐怖」「議論されなかった」はすべてここから |
| ★5 | 学校法人同志社 | 第三者特別調査委員会 調査報告書(全218ページ) | 一次資料。目次と第1〜3章(約86ページ分)は直接読んだ。委員構成・48人のヒアリング・22回の開催・監事監査の範囲はここから。第4章以降は読めておらず、コース選択と義務違反の認定は報道経由 |
| ★4 | 共同通信 | 辺野古コースから事前に変更希望(中日新聞掲載)/西日本新聞掲載 | 報告書を引いた具体的な手続き記述。本稿の核心はこの本文に依拠している。ただし「全員が変更を希望した」とは書いていないので、そうは書かなかった |
| ★4 | 琉球新報 | 武石さんコース変更かなわず 人数調整で選外 | 「合計51名から変更希望」の出所。リードは読めたが本文は有料。51という数字はこの1社にしか出ていない |
| ★4 | 遺族(note) | 辺野古ボート転覆事故遺族メモ | 当事者の一次発信。報告書からの引用(「根拠のない盲目的な信頼」「海では実に簡単に人が死ぬ」)と、生徒の言葉はここから。当事者の主張である点は割り引いて読み、事実は公文書・報道と照合した |
| ★4 | 朝日新聞・日本経済新聞 | 同志社第三者委が調査報告書 安全配慮義務違反を指摘(日経) | 義務違反の認定と「非難免れず、猛省を」の確認に使った。いずれも本文は機械的に取得できず、見出しと要旨での確認 |
| ★4 | デイリー新潮・八重山日報 | 船長の著書からの引用(デイリー新潮)/八重山日報 | 著書という検証可能な原典に依拠しており、2媒体で文言が一致する。ただし本そのものは入手していない |
| ★3 | 同校3年生(匿名手記) | 「余白の告白」 | 匿名で本人確認ができない。公文書の記述と食い違わない部分だけを、匿名の手記だと明示して引用した |
| ★2 | 論評サイト・まとめ | 「37人全員が希望していたと学校が説明した」とする記事、報告書71〜72ページの引用 | 事実としては採らなかった。前者は発言の日時・場所が特定されておらず、後者は報告書原文と照合できていない。「まだ分かっていないこと」に書く材料としてのみ使った |
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