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「避難所でSNS禁止」は、本当だった──八代市の文書にあり、根拠は会議資料1枚

ひろゆき氏が2026年8月21日の夜、Xでこう聞いた。「実情わかる人居ます?」——熊本県八代市の避難所でSNS発信が禁止されている、という話についてである。投稿は40万回以上表示された。

答えから書く。禁止は実在する。八代市が公表している文書に、はっきり書いてある。

ただし、その文書は市の公式サイトのトップから探しても出てこない。災害対策本部会議の資料PDFの中にある。そして公式サイトに独立したページとして載っているほうの文書には、「SNS」という語が1度も出てこない。話が食い違っている原因は、ここにある。


まず、2つの文書の関係を1枚にした。

八代市が出した2つの文書と、その対象2026年8月3日に市の公式サイトに載った報道機関向けの文書と、8月4日の第9回災害対策本部会議の資料に載った避難者向けの文書を並べ、それぞれ何を禁じているかを示した図。八代市が出した2つの文書と、その対象「SNS投稿の禁止」が書かれているのは、右の1枚だけである2026年8月3日/市の公式サイト避難所への報道取材に関するご協力のお願い対象:報道機関・避難所建物内での撮影(動画・写真)=禁止・避難者の生活スペースでの取材=いっさい禁止・建物の外からの撮影・取材=可能・インタビュー=災害対策本部の許可+本人の同意・共有部分(避難者がいない場合)でのみ実施可・守られない場合は今後の取材を断る、と明記この文書に「SNS」という語は1度も出てこない。2026年8月4日/第9回 災害対策本部会議 資料【お願い】避難所内での撮影・SNS投稿について対象:避難している人・施設内での無断撮影(カメラ・スマホ)=禁止・SNSへの写真・動画の投稿=禁止・理由=プライバシー保護と防犯・肖像権、プライバシー権の侵害を挙げている・DV・ストーカー被害者の二次被害にも言及・罰則、退去についての記載はない見出しは「【お願い】」だが、文末は「禁止します」。※いずれも八代市が公表している文書にもとづく。避難所へ掲示された現物は確認できていない。

左が報道機関に向けた文書、右が避難している人に向けた文書である。拡散したのは右の話で、公式サイトで見つかるのは左だ。

この記事では、2つの文書の中身を原文で確認し、市にそれを決める権限があるのかを制度で見る。そのうえで、市が挙げた理由の側と、発信が止まることで見えなくなる側を、同じ重さで並べる。


8月21日の夜に、何が広がったのか

発端はXの一般ユーザーの投稿だった。八代市の避難所でSNSへの発信を禁じられた、という趣旨の体験談である。2026年8月21日午後9時29分、ひろゆき氏がそれを引用した。全文はこうである。

熊本県八代市の避難所で「SNS発信禁止」説が流れてますが、実情わかる人居ます?

── ひろゆき氏のX投稿(2026年8月21日)

この投稿は8月22日時点で40.2万回表示、引用287件、いいね1,932件。Xのトレンドにも「熊本八代市避難所でSNS投稿禁止、情報統制の議論高まる」という語が並んだ。

ただし引用元の投稿は、いま投稿者が公開範囲を制限していて読めない。体験談の原文は確認できていない。

体験談は読めなくなったが、市の文書は残っている。だから文書を読む。

報道は1本も出ていない

この件について、新聞社・テレビ局・通信社の記事を探した。見つからなかった。検索で出てくるのは個人ブログと、2ちゃんねる系のまとめサイトだけである。まとめサイトが根拠にしているのも、記者個人のX投稿だった。

つまり「避難所の撮影がNGで報道できない」という話自体が、報道の形では出ていない。記者が自分のアカウントで書いたものが、まとめられて広がった。


市の文書は、2つある

八代市が公表している文書のうち、この件に関わるものは2つ。日付は1日違いで、対象が違う。

1つめ|8月3日・報道機関に向けたもの

市の公式サイトに「避難所への報道取材に関するご協力のお願い」というページがある。最終更新は2026年8月3日。冒頭はこうだ。

避難所における秩序の維持と、避難者の皆さまの心身の安全を確保するため、避難所での報道取材について、以下のとおりご協力をお願いいたします。

── 八代市「避難所への報道取材に関するご協力のお願い」(2026年8月3日)

禁止事項は2行しかない。「避難所建物内での撮影(動画・写真)は禁止します。」「避難者の生活スペースではいかなる取材活動も禁止します。」

逆に、建物の外からの撮影・取材は「可能です」と明記されている。インタビューも、災害対策本部の許可を得て本人の同意を確認すれば、共有部分で行える。

この文書に「SNS」という語は1度も出てこない。避難者本人の投稿についての記述もなく、名宛人は最初から最後まで報道機関である。

2つめ|8月4日・避難している人に向けたもの

もう1つは、市のサイトの「令和8年熊本地震 関連情報」というページに添付されている第9回八代市災害対策本部会議の資料である。会議は2026年8月4日午後6時。

この資料に、掲示文の案が入っている。見出しは「【お願い】避難所内での撮影・SNS投稿について」。本文はこうだ。

避難されている方のプライバシー保護および防犯上の理由から、施設内での無断撮影(カメラ、スマホ等による写真・動画)および、SNSへの写真・動画投稿を禁止します。ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

── 第9回八代市災害対策本部会議 資料(2026年8月4日)

「SNSへの写真・動画投稿を禁止します」と書いてある。拡散した話は、本当だった。

同じ資料は理由として肖像権とプライバシー権の侵害を挙げ、DV・ストーカー被害から逃れてきた避難者の二次被害にも触れている。

そしてこの掲示文には、罰則も退去についての記載もない。報道機関向けには「上記ルールが守られていない場合は、今後の取材についてもお断りさせていただきます」とあるが、避難者向けにそれに当たるものはない。

本稿が確認したのは、市が公表している会議資料に載った掲示文の案である。実際に各避難所へ何が掲示されたかは、現物・写真とも確認できていない。

禁止されているもの、されていないもの

2つの文書を突き合わせる。公表されている文言から読める範囲だけを書いた。

行為 報道機関 避難している人 根拠になっている文書
避難所の建物内で写真・動画を撮る 禁止 無断なら禁止 8月3日の文書/8月4日の会議資料
その写真・動画をSNSに投稿する 記載なし 禁止 8月4日の会議資料のみ
文字だけの投稿をする(写真も動画もなし) 記載なし 記載なし どちらにも書かれていない
建物の外から撮る 可能 記載なし 8月3日の文書に「可能です」と明記
避難者にインタビューする 本部の許可+本人の同意 対象外 共有部分(避難者がいない場合)で実施
生活スペースでの取材 いっさい禁止 対象外 8月3日の文書
守らなかったときの扱い 今後の取材を断る 記載なし 避難者向けには罰則も退去も書かれていない

目を引くのは3行目である。文字だけの投稿は、どちらの文書にも書かれていない。禁じられているのは写真と動画で、「発信」そのものではない。

そして2行目。SNSへの投稿を禁じているのは、会議資料に載った1枚だけである。公式サイトで報道向けの文書だけを読んだ人は「SNS禁止など書いていない」と結論し、掲示を見た人は「禁止と書いてある」と言う。両方とも、自分が読んだものについては正しい。


「【お願い】」と書いて、「禁止します」で終わる

掲示文をもう一度見る。見出しは「【お願い】」で、末尾も「ご理解とご協力をよろしくお願いいたします」。ところが文の動詞は「禁止します」だった。お願いなのか禁止なのか、1枚の紙の中で2つが同居している。

これは八代市の書き方が特別に雑だという話ではない。強制する権限がないものを現場で守ってもらう必要があるとき、行政文書はこの形になる。「お願い」と書けば角が立たず、「禁止します」と書けば伝わる。

受け取る側から見ると、話は変わる。従わなかったらどうなるかが、書いていない。物資の配布で不利に扱われるのか、退去を求められるのか。答えが紙にないとき、人は強いほうに解釈する。実際に何が起きるのかは、制度を見れば分かる。


この災害は、まだ終わっていない

制度の話に入る前に、前提を置く。八代市はいま、進行中の災害の中にある。

2026年7月28日16時27分、熊本県熊本地方を震源とする地震が起きた。深さ16キロ、マグニチュード7.1(暫定値)。最大震度7を宇城市と氷川町で観測し、八代市は震度6強だった。気象庁の命名は「令和8年熊本地震」である。

八代市は同日午後6時、市内全域の58,255世帯・118,057人に避難指示を出した。被害の数字を並べる。

項目 内容
死者 38人(うち災害関連死1人)。そのうち八代市が20人で、市町村別で最多
負傷者 重傷30人、軽傷等334人
住家被害 全壊364棟、半壊402棟(全県計)
八代市の避難者 8月21日18時時点で38施設・945世帯・1,558人

市はこの1,558人を、8月末をめどに13か所へ集約する方針を示している。市内で20人が亡くなり、1か月近くたっても1,500人以上が体育館や公民館で暮らしている。撮影のルールは、その現場の話だ。

市の判断の当否は論じられる。だがこの規模の災害の8日目に市が何を決めたのか、という事実をまず置く。


誰が、何の権限で決めたのか

市に、避難者のSNS投稿を禁じる権限はあるのか。結論を先に書く。ない。正確には、禁止を強制できる法律上の根拠が見当たらない。順に確認する。

災害対策基本法には、その権限がない

避難所の根拠法は災害対策基本法である。第86条の6は、避難所の生活環境の整備についてこう定めている。

災害応急対策責任者は、災害が発生したときは、法令又は防災計画の定めるところにより、遅滞なく、避難所を供与し、(中略)当該避難所における食糧、衣料、医薬品その他の生活関連物資の配布、保健医療サービス及び福祉サービスの提供、情報の提供その他避難所に滞在する被災者の生活環境の整備に必要な措置を講ずるよう努めなければならない

── 災害対策基本法 第86条の6第1項

文末に注目してほしい。「努めなければならない」。努力義務であり、義務を負うのは市町村の側である。避難している人に義務を課す条文ではない。

市町村長が人の行動を禁止できる条文は、第63条第1項の警戒区域だけである。「人の生命又は身体に対する危険を防止するため特に必要があると認めるとき」に立入りを制限・禁止し、退去を命ずることができる、と書かれている。要件は生命または身体への危険で、撮影はこれに当たらない。

施設の管理権でも、そこまでは届かない

次に考えられるのが施設管理権である。避難所になっているのは学校や公民館で、市が管理している。管理者だから決められる、という理屈だ。学校や公民館は地方自治法第244条の「公の施設」にあたり、第244条の2第1項はこう定めている。

普通地方公共団体は、法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものを除くほか、公の施設の設置及びその管理に関する事項は、条例でこれを定めなければならない。

── 地方自治法 第244条の2第1項

「条例でこれを定めなければならない」。公の施設の管理に関する事項は、条例事項である。災害対策本部会議の決定は条例ではない。規則でもない。行政の内部の意思決定である。

庁舎の撮影規制について、地方自治研究機構の実務解説はこう整理している。庁舎管理規則は「行政組織の内部的規律ですから、当然には住民を拘束しません」。撮影が施設の本来的機能を妨げる場合は禁止できるが、「以上のような懸念がない場合にまで、一律にビデオ録画・写真撮影を禁ずる必要はありません」

公の施設の利用を拒む「正当な理由」について、最高裁は泉佐野市民会館事件で、危険な蓋然性があるだけでは足りず「明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されること」が必要だと判断している。

撮影一般に、この基準は届かない。

「お願い」であれば、従わなくても不利益はない

では、あの掲示は法的に何なのか。行政指導である。相手方に作為・不作為を求める行為で、処分ではないもの。まさに「お願い」だ。行政手続法第32条は、国の行政機関についてこう定めている。

行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない

行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。

── 行政手続法 第32条第1項・第2項

ただしこの条文は、市町村の行政指導には直接適用されない。同法第3条第3項が地方公共団体の行政指導を適用除外にしており、代わりに第46条が各自治体に同じ趣旨の措置を求めている。それを受けて八代市も行政手続条例を持っている。第30条第2項にこうある。

行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として不利益な取扱いをしてはならない。

── 八代市行政手続条例 第30条第2項

八代市自身が定めた条例である。掲示に従わずに写真を投稿した避難者を、それを理由に不利に扱うことは、市の条例が禁じている。整理するとこうなる。

問い 答え 根拠
市は避難者に「やめてほしい」と求められるか 求められる 行政指導。任意の協力を求める行為
それは法的な「禁止」か ではない 公の施設の管理は条例事項(地方自治法244条の2)。本部会議決定は内部の意思決定
従わない人を不利に扱えるか 扱えない 八代市行政手続条例 第30条第2項
避難所からの退去を求められるか 求められない 災対法63条の退去命令は警戒区域に限られ、要件は生命・身体への危険
個別の撮影を止めることはできるか 場合による 他の避難者のプライバシーを現実に侵害している行為なら、施設管理権の範囲と解する余地がある

「禁止します」と書かれた紙は、法的には「お願いします」である。そして市自身の条例が、従わない人を不利に扱うことを禁じている。

これを「情報統制だ」と呼ぶことはできる。だが統制と呼ぶには、強制する手段がない。あるのは紙1枚と、そこに書かれた「禁止します」の4文字だけだ。


市が挙げた理由は、この災害で現実になっている

権限がないなら、市の判断は行き過ぎだったのか。ここは分けて考える。

掲示文が挙げた理由はプライバシー保護と防犯で、肖像権とプライバシー権の侵害、DV・ストーカー被害者の二次被害に触れていた。この心配は、抽象論ではない。

被災者の顔が、AIで加工されて拡散した

2026年8月9日、NHKが報じた。7月の地震で自宅が全壊した男性の新聞写真が、AIで加工されてSNSに拡散していた。加工された画像では、男性が全壊した自宅の前でピースサインをしているように見える。

元は報道機関が正規に撮影した写真である。本人の同意を得て撮られ、紙面に載り、そこから切り出されて中傷の材料になった。撮る側がどれだけ配慮しても、画像が外に出た後の使われ方は、撮った人にも写った人にも制御できない。

市が掲示文を決めたのは8月4日、NHKの報道は8月9日である。心配が先で、実例が後だった。市が先読みしていたとは言わないが、心配が的外れでなかったことは、この5日間が示す。

避難所は、もともとリスクの高い場所である

内閣府男女共同参画局は2024年1月17日、能登半島地震を受けて各都道府県に事務連絡を出した。過去の災害時に「DVや性暴力が発生していることが明らかになっており、また、被害の潜在化も懸念される」と明記し、避難所へのポスター掲示と相談窓口の周知を求めるものである。

被害の中身も公的な文書に書かれている。広島県の注意喚起チラシは、類型として「更衣室からの盗撮」、不適切な接触、授乳時の不当な視線を挙げる。静岡大学の池田恵子教授は、阪神・淡路大震災と東日本大震災の事例として、ざこ寝状態での接近、授乳中の凝視、更衣室が整備されていないことによる盗撮とのぞきを挙げ、被害者は未就学児から60代まで幅があり、男の子も対象になったと述べている。

避難所は、着替えて、眠って、体調を崩す場所である。自宅なら誰にも見せない状態が、そこでは数百人と共有される。撮影に神経質になる理由はここにある。

行政に苦情が来ていた記録もある

取材する側についても記録がある。2016年の熊本地震について内閣府がまとめた避難所運営の事例集は、「マスコミの取材に対して、避難者とのトラブルは、決して少なくなかった」と書いている。

同じ2016年4月、BPOには熊本地震の災害報道について17件の視聴者意見が寄せられた。避難所のトイレで倒れた女性の足元が映った映像へのプライバシー侵害の指摘。泣いている被災者にマイクを向けることへの批判。そして「被災者を守るための取材ルールを作るべきだ」という提案。10年前に出ていた提案が、いま八代市で紙になっている。

正直に書いておく。本稿は「避難所の映像から自宅が留守と分かり、空き巣に入られた」という事例を探したが、公的資料でも報道でも1件も確認できなかった。警察白書が説明する因果は一貫して「避難により地域全体が無人になった」であり、映像から個別の家が特定されたという記述はない。避難所の映像や投稿からDV・ストーカー被害者の居場所が特定された事例も同じである。撮影と被害を直接つなぐ記録は、いまのところ存在しない。

それでも数字はある。能登半島地震のあと、奥能登4市町の窃盗の認知件数は地震前の2.9倍になったと複数の新聞が報じている。被災地で窃盗が増えるのは事実である。それが撮影のせいだという記録が、ないだけだ。


発信が止まると、何が見えなくなるのか

避難所の中で何が起きているかを外から知る経路は、2つしかない。行政の発表と、中にいる人の発信である。建物内に入れなければ、記者が見られるのは外観だけだ。

取材を受けた避難所に、物資とボランティアが増えた

地域安全学会が2024年5月に出した梗概集に、能登半島地震の避難所を調べた研究が載っている。研究者が2024年3月4日、金沢市内で輪島市の被災者を受け入れていた避難所6か所すべてを訪問し、聞き取ったものだ。避難者69人の額谷ふれあい体育館について、こう記録されている。

取材対応に関しては、決まった職員や避難者の中で発信したい人が行っていた。取材を積極的に受けたことで、情報発信が強く行われ、支援物資や炊き出しボランティアが増えた。

── 地域安全学会梗概集 No.54「2024年能登半島地震後の金沢市避難所における運営実態と課題に関する研究」(2024年5月)

この一文は因果が逆向きに書かれている。取材を受けた結果、物資が増えた。発信が支援を呼んだ。

しかもこの避難所は、無制限に開いていたわけではない。「決まった職員や避難者の中で発信したい人」が窓口になっていた。話したくない人は話さず、話したい人が話す。制限と発信が両立していた実例である。

行政自身が「情報を得るのが困難だった」と書いている

能登半島地震について、内閣府の検証チームが2024年4月に出した資料がある。避難者は1月2日に1次避難所で最大40,688人。その中に、こういう一文がある。

避難者の把握や物資管理の面で、自治体等が自主避難所の支援を行うに当たっての情報を得るのが困難なケースがあった

── 内閣府(防災担当)「令和6年能登半島地震における避難所運営の状況」(2024年4月15日)

行政が、自分たちに情報が届いていなかったと認めている。その穴を、外にいる人はどうやって知るのか。

能登の避難所のトイレを21か所調べた報告には、「1月2日の段階で、すでに多くのトイレが小便・大便で溢れていた」とある。被災者が「トイレ」と書いたボードを掲げていた、という記録も残っている。外に見せる以外に手段がなかったことの記録である。いまなら、そのボードはスマホで撮られて投稿される。

ただし、SNSの側にも不都合な記録がある

東京大学の関谷直也氏が、2017年の九州北部豪雨で「#救助」タグの使われ方を調べている。救助要求のツイートは224件、引用を含めた拡散は92,578件、リーチは約4,299万アカウントに達した。

ところが地元の甘木・朝倉消防本部では、SNSを見て通報したという連絡は1件あったが、場所が特定できず、救助出動には至らなかった。4,299万に届いて、出動はゼロだった。

偽の投稿も出ている。能登半島地震では2024年1月5日、実在する被災女性の住所を使った偽の救助要請が投稿され、警察が出動した。今回の熊本地震でも「生き埋めになっています」という偽の救助要請が30万回以上閲覧されたが、記載された住所は実在しなかった。

SNSの発信は、支援を呼ぶこともあれば、警察を空振りさせることもある。「発信を止めるな」にも「発信を止めろ」にも、都合のいい実例がある。


全国の基準は、一行しかない

なぜ市が独自にこんな紙を作らなければならないのか。国の決まりはないのか。

ある。一行だけある。「避難所運営ガイドライン」を、平成28年版、令和4年改定版、令和6年12月改定版と3つ確認した。取材について書かれているのは、チェックリストの項目名だけだった。

マスコミ取材対応方法を検討する

── 内閣府(防災担当)「避難所運営ガイドライン」対策項目3-4(令和4年4月改定版・令和6年12月改定版に同じ)

これで全部である。許可の基準も、撮影の可否も、時間帯の制限も、被災者の同意の取り方も書かれていない。避難者本人による撮影やSNSには、そもそも言及がない。

内閣府の「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」には、「取材」「報道」「撮影」の記載自体がない。日本新聞協会の声明・見解の一覧にも、避難所での撮影の記述は見当たらなかった。

避難所での撮影に関する全国共通のルールは、存在しない。国は「検討する」と言い、あとは市町村に委ねている。

だから、現場が毎回発明している

ルールがないところで運用された例は残っている。共通しているのは、どれも「遮断」ではなく「制限と提供のセット」だということだ。

誰が・いつ やり方 セットになっていたもの
北海道壮瞥町
2000年・有珠山噴火
「決められた時間や枠内でのみ情報収集をすること」「避難所の室内には一切立ち入らないこと」を報道機関に守らせた 「こちらからふんだんに情報は出す」という前提。立入禁止と情報提供の交換
金沢市・額谷ふれあい体育館
2024年・能登半島地震
「決まった職員や避難者の中で発信したい人」が取材に対応 積極的に受けた結果、支援物資と炊き出しボランティアが増えた
和歌山県
2026年4月のモデル
「取材を受けるかどうか(中略)については、避難所会議で決定します」。受付で氏名・所属・取材目的を記帳し、腕章を着用する 決めるのは市ではなく避難所会議。避難者が決定に加わる形
熊本県八代市
2026年8月
建物内の撮影を禁止。避難者にはSNSへの写真・動画投稿の禁止を掲示 情報提供の枠、代わりの発信手段、決定への避難者の関与はいずれも文書に書かれていない

並べると、八代市の文書に欠けているものが見える。止める話は書いてあるが、代わりに何を出すかが書いていない。壮瞥町は室内を全面的に閉じたが、「こちらからふんだんに情報は出す」という交換条件を置いた。和歌山県のモデルは、受けるか受けないかを避難所会議で決めるとしている。決めるのは市ではなく、そこで暮らす人たちが加わる場である。

八代市の掲示文は、災害対策本部が決めて避難者に渡した紙である。誰も反対できないし、誰も交渉できない。

ここが、この件でいちばん問題にすべき点だと考える。禁止したことではない。禁止するときに、代わりのものが用意されていないことである。

市を責めても、次の災害で同じことが起きる

ただし、これを八代市の落ち度として片づけるのは筋が違う。

市内で20人が亡くなり、全域の11万8千人に避難指示を出した8日後に、市はこの紙を作った。参照できる全国基準は「マスコミ取材対応方法を検討する」の一行だけである。そこから、肖像権とプライバシー権とDV被害者の二次被害まで書き込んだ紙を、8日で作っている。

問題は、次の災害でまた同じことが起きることだ。別の市が、別の紙を、別の言葉で作る。そのたびに「情報統制だ」と言われ、そのたびに市の担当者が説明を書く。

10年前の熊本地震で、BPOに「被災者を守るための取材ルールを作るべきだ」という意見が出ていた。10年たって、国のガイドラインは「検討する」のままである。


次に確認できること

確定していないことを、確認できる形で置く。

確認したいこと どこで分かるか
掲示された文言は、会議資料と同じか 掲示の現物。市への確認
禁止の解除・見直しがあるか 災害対策本部会議の資料。市のサイトに公開されている
内閣府ガイドラインに取材・撮影の項目が入るか 次回の改定

本稿は八代市に取材していない。市の文書、国の法令とガイドライン、公表されている調査から書いた。


八代市は避難所での撮影とSNS投稿を禁じている。紙は実在する。ただしそれは公式サイトの独立したページではなく、災害対策本部会議の資料に入った掲示文の案だった。公式サイトに載っているほうは報道機関向けで、「SNS」の語はない。

禁じる法的な権限は見当たらない。公の施設の管理は条例事項で、本部会議の決定は内部の意思決定にすぎない。市自身の行政手続条例が、従わなかったことを理由に不利に扱うことを禁じている。

市が挙げた理由は的外れではない。同じ災害で、被災者の報道写真がAIで加工され、中傷の材料として拡散した。避難所が性被害と盗撮のリスク環境であることも、公的文書に記録されている。

同時に、発信が支援を呼んだ記録もある。能登の避難所は、取材を積極的に受けたことで物資とボランティアが増えた。窓口になっていたのは「避難者の中で発信したい人」だった。

そして、参照すべき全国のルールは「マスコミ取材対応方法を検討する」の一行しかない。ルールがないまま、現場に判断を丸投げしている。八代市の紙は、その空白に置かれた1枚である。次の災害でも、別の市が同じ場所に立たされる。


この記事で使った資料と、その確度

確度が低いから使わない、という意味ではない。以下は、どの資料を何に使い、何に使わなかったかの記録である。

確度 媒体 資料 評価の理由
★5 八代市 避難所への報道取材に関するご協力のお願い第9回災害対策本部会議 資料(8月4日)令和8年熊本地震 関連情報避難所開設状況八代市行政手続条例 本稿の中心。2つの文書の文言は原文から取った。報道向け文書に「SNS」の語がないことも、全文を読んで確認した
★5 e-Gov・裁判所 災害対策基本法地方自治法行政手続法泉佐野市民会館事件 判決 第86条の6の「努めなければならない」、第63条の要件、第244条の2の条例事項はすべて原文から。「権限がない」という判断は、この読み合わせによる
★5 内閣府 避難所運営ガイドライン(令和6年12月改定)熊本地震における避難所運営等の事例能登半島地震における避難所運営の状況一日前プロジェクト(有珠山)男女共同参画局 事務連絡(2024年1月17日) 「マスコミ取材対応方法を検討する」の一行しかないことは、平成28年版・令和4年版・令和6年版の3つを開いて確認した
★5 気象庁・消防庁
国交省
令和8年熊本地震(気象庁)消防庁 第59報国交省 被害状況第2報 震源・M7.1・最大震度7、死者38人と八代市20人はすべて原文から。「八代市で発生した震度6強の地震」は誤りで、震源は熊本地方、最大震度は宇城市・氷川町の7である
★4 地域安全学会
東大CIDIR
金沢市避難所における運営実態と課題に関する研究Twitterと災害情報―「#救助」を例に 「取材を受けたら物資が増えた」と「4,299万に届いて出動ゼロ」は、両方ともここから。片側だけを使わないために両方を本文に入れた
★4 NHK・BPO 被災者の偽画像拡散(2026年8月9日)BPO 2016年4月の視聴者意見 AI加工画像はNHKの記事本文から。ただし記事後半が取得できず、拡散の規模と本人のコメントは確認していない
★3 和歌山県・広島県
総務省
避難所運営マニュアル作成モデル(令和8年4月)避難所での性被害注意喚起能登の偽の救助要請(関西テレビ) 和歌山モデルは「避難所会議で決定します」の一文のために使った。他県のモデルで、八代市に適用されるものではない
★2 共同通信配信
X
窃盗犯、能登地震前の2.9倍に(北國新聞)ひろゆき氏の投稿 窃盗2.9倍は見出しでしか確認できず、対象期間が不明なため「複数の新聞が報じている」とだけ書いた。ひろゆき氏の投稿は直接読んだが、引用元は非公開で読めない
未使用 避難所の映像から自宅が特定され空き巣に入られた事例/映像からDV・ストーカー被害者の居場所が特定された事例/避難所での盗撮の立件例/個人ブログとまとめサイトの記事 前の3つは公的資料でも報道でも確認できず、本文にそう書いた。まとめサイトは根拠が記者個人のX投稿だったため、「報道が出ていない」ことの記録としてのみ触れた

編集者K

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