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議員定数削減はなぜ潰れたのか──削減先を「比例」にしたのは英断だった。反対したのは、比例で生きている議員たち

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7月、議員定数削減の法案が止まりました。

自民党と日本維新の会が提出した、衆議院の比例代表だけを45議席減らすという案です。野党が審議を拒否する事態となり、今国会での成立は見送り。秋の臨時国会へ先送りされました。

報道の多くは、この法案を「少数意見の切り捨て」として批判的に伝えています。

けれど、私はこう考えています。削減の対象を比例に絞ったのは、英断だった。それが潰れたのは、残念というほかありません。

理由は一つです。比例代表には、小選挙区で落選した人が復活当選するという仕組みが付いているからです。

自分の選挙区で「この人には任せられない」と有権者が判断した。その候補が、比例名簿によって議員になる。投票所で下した判断が、開票後にひっくり返されるわけです。

比例を削れば、この抜け道は確実に狭まります。数ある削減案のなかで、比例を選んだことにこそ意味があったと考えます。

では、それに反対したのは誰か。比例で議席を得ている政党と、自民党内の比例選出議員でした。

「多様な民意を守るため」という理屈が掲げられました。ただ、反対の列に並んだ顔ぶれを見ると、別の問いが浮かんできます。守ろうとしたのは民意だったのか、それとも自分の議席だったのか。

そこで、この記事では一歩進んだ案を提示します。

衆議院は小選挙区だけにする。比例は45減らすのではなく、なくす。その代わり参議院を中選挙区と比例代表にして、多様な民意はそちらで受け止める。

そして、議員の数を減らすなら、残った議員の処遇は下げない。少数精鋭にするための改革だからです。

乱暴に聞こえるかもしれません。ただ、二つの院に別々の役割を与えるという意味では、いまの「どっちつかず」よりよほど筋が通っている。そう考える理由を、数字と制度の仕組みから順に説明します。


落選した人が議員になる──「比例復活」という仕組み

まず、いちばんの争点から書きます。比例代表の何が問題なのか、です。

衆議院では重複立候補が認められています。同じ候補者が、小選挙区と比例代表の両方に同時に立候補できる制度です。

小選挙区で勝てばそのまま当選。負けても、比例名簿に載っているので復活当選の可能性が残ります。復活できるかどうかは惜敗率――当選者の得票にどれだけ迫ったかの比率――で決まります。

つまり、こういうことが起きます。選挙区で1位になれなかった人が、議員バッジを付ける。

この仕組みは「ゾンビ復活」「ゾンビ議員」と呼ばれ、導入当初から批判が絶えません。有権者が選挙区で下した判断に反する、という理由です。

擁護論にも、一理はある

公平のために、擁護する側の理屈も書いておきます。

1票差で敗れた候補と、ダブルスコアで敗れた候補を同じ「落選」で括るのは乱暴だ、という主張です。惜敗率という物差しがあるのは、そのためです。接戦を戦った有力な人材を、わずかな差で全部捨てるのはもったいない。

また、比例復活があることで、地盤の弱い若手や女性が挑戦しやすくなる、という指摘もあります。落ちたら終わりの制度は、新人にとって参入障壁が高いからです。

どちらも、理屈としては分かります。

それでも、順番が逆だと考える

ただ、この擁護論には決定的な弱点があります。比例名簿の順位を決めるのは、有権者ではなく政党だという点です。

誰を名簿の上位に置くか。誰を重複立候補させるか。その判断は党の執行部が握っています。有権者は名簿の中身を選べません。

結果として、有権者が落とした人を、党が拾い直す構図になります。民意で落ちた議員が、党内の力学で生き返る。これでは、選挙で人を選んだことにならないのではないでしょうか。

実際、2026年2月の選挙では、旧公明党出身の28人全員を比例単独の上位に並べ、全員が比例で当選したケースもありました。制度を知り尽くした側が、制度を使いこなしている実例です。

若手や女性の挑戦しやすさは大切ですが、それは候補者の選び方や供託金など、別の手段で解くべき課題です。「落選した人を当選させる」ことで解決するのは、順番が逆だと考えます。


いまの衆議院は、何を選んでいるのか分からない

まず、現行制度を確認します。衆議院の465議席は、二つの部分に分かれています。

小選挙区が289議席。1つの選挙区から1人だけ当選する方式です。比例代表が176議席。政党の得票率に応じて議席を配分する方式です。この二つを組み合わせた形を「小選挙区比例代表並立制」と呼び、1994年の政治改革で導入されました。

問題は、この二つが正反対の思想でできていることです。

小選挙区は「1位以外は落選」ですから、大政党に極端に有利になります。民意を増幅して、はっきりした多数派を作る仕組みです。一方の比例代表は、得票率をなるべく忠実に議席へ変換します。民意を圧縮せずに映す仕組みです。

増幅する装置と、そのまま映す装置。この二つを1つの院に同居させているのが、いまの衆議院です。

結果として、どちらの長所も中途半端になった

2026年2月の結果に、その歪みがよく出ています。

区分 自民の得票率 自民の議席 議席占有率 ズレ
小選挙区(289) 約49% 249 約86% +37ポイント
比例代表(176) 約37% 67 約38% +1ポイント
2026年2月衆院選の結果より作成。得票率は報道ベースの概数。比例はほぼ得票どおり、小選挙区は大きく増幅されているのが分かる。

比例代表を見てください。得票率37%に対して議席38%。ほぼ完璧に民意を映しています。制度として、正しく機能しています。

小選挙区は逆です。49%の得票が86%の議席になった。37ポイントも増幅されています。これも制度として、設計どおりに機能しています。

どちらも壊れてはいません。壊れているのは、この二つを同じ院で足し算していることのほうです。有権者から見れば、自分の1票が「増幅される票」なのか「そのまま映る票」なのか、投じるたびに分からない。同じ日に、性質のまったく違う2票を投じさせられているのです。

捨てられる票は、ずっと半分のまま

もう一つ、動かない数字があります。死票率です。

小選挙区は1人しか当選しないので、落選者に投じられた票はすべて議席に反映されません。これが死票です。1996年に現行制度が始まって以来、衆院小選挙区の死票率はおおむね46〜55%で推移しています。

つまり、有権者のおよそ半分は、投じた票が議席に結びついていない。この状態が30年続いています。

ここで、多くの人はこう考えるはずです。「だったら比例を増やすべきだ」と。それも一つの立場です。しかし私は、逆の道を提案したい。衆議院からは、いっそ比例をなくすという道です。

そもそも、なぜ二つを混ぜたのか

矛盾した制度がなぜ生まれたのか。理由は、1994年の政治改革が妥協の産物だったからです。

当時、自民党は小選挙区制を推していました。政権交代が起きやすく、政策本位の選挙になるという理屈です。対する野党側は比例代表を求めた。少数意見が切り捨てられるという懸念からです。

両者が譲らず、最終的に「両方入れる」という形で決着しました。理念で選ばれた制度ではなく、合意するために足し算した制度だったわけです。

それから30年が経ちました。政権交代は2度起き、制度は一定の役目を果たしたとも言えます。ただ、足し算の副作用――半分の死票と、9割近い議席占有――は、そのまま残り続けています。

妥協でできた設計を、30年後もそのまま使い続ける理由はあるでしょうか。少なくとも、一度は正面から問い直していいはずです。


提案の中身──二つの院に、別々の仕事をさせる

案の骨格は単純です。

選び方 担う役割 有権者への意味
衆議院 小選挙区のみ 政権を選ぶ。多数派を作り、責任を負わせる 「どの政権にするか」を決める1票
参議院 中選挙区+比例代表 多様な民意を映す。衆院の暴走を止める 「どの声を残すか」を決める1票
増幅する装置(衆院)と、そのまま映す装置(参院)を、別々の院に分離する設計。

いまは、増幅と反映を1つの院に混ぜています。これを院ごとに切り分ける。それだけの話です。

衆議院は「政権を選ぶ場」に徹する

衆議院は首相を指名し、内閣を作る院です。ここに求められるのは、多様性よりも決められることと、責任の所在がはっきりすることです。

小選挙区一本なら、有権者の選択は明快になります。この選挙区で誰を勝たせるか。その積み重ねが、どの党に政権を任せるかに直結する。比例で復活当選した議員が誰なのか分からない、といった分かりにくさも消えます。

そして何より、比例がなくなれば、復活当選も消えます。落ちた人は落ちる。政権を選ぶ院には、この当たり前が要ります。

拾うべき民意は、参議院で拾えばいい。役割を分ければ、衆議院は「勝った者が責任を負う」と割り切れるのです。

参議院は「民意を映す場」に徹する

その代わり、衆院で切り捨てられる約半分の死票を、参議院が受け止めます。

中選挙区は1つの選挙区から複数人が当選する方式です。2位でも3位でも議席になるため、大政党以外にも道が開きます。比例代表を組み合わせれば、少数政党や、地域を越えたテーマ型の民意も議席に変換できます。

いま参議院は「衆議院のカーボンコピー」と揶揄されてきました。似た制度で選ばれ、似た顔ぶれになり、存在意義を問われ続けている。選び方を根本から変えれば、参議院はコピーではなくなります。

衆院で多数を取った政権が暴走したとき、それを止めるのは、違う民意の映し方をした院でなければ意味がない。同じ鏡を2枚並べても、チェックにはならないからです。

「ねじれ」は、悪いことではないはず

この案には、避けられない帰結があります。衆院と参院で、多数派が食い違いやすくなることです。いわゆるねじれ国会です。

ねじれは長らく「政治の停滞」として語られてきました。法案が通らない、決められない、と。

けれど、少し立ち止まって考えたい。二院制とは、そもそも簡単には決まらないようにするための仕組みではないでしょうか。一つの院だけで何でも決められるなら、二つ目の院は要りません。

異なる選び方をした二つの院が、それぞれ違う民意を背負って向き合う。だから熟議が必要になり、多数派も少数派に配慮せざるを得なくなる。それを「停滞」と呼ぶか「歯止め」と呼ぶかで、この案の評価は変わってきます。

私は、いまの日本に必要なのは速さより歯止めのほうだと考えます。衆院で3分の2を握った政権が、会期末に法案を次々と通していく光景を見た後では、なおさらそう思えます。


この案が解く問題──合区と、一票の格差

この組み替えには、副次的な効果もあります。長年こじれてきた合区の問題です。

参議院では、人口の少ない県を統合して1つの選挙区にする「合区」が導入されました。鳥取と島根、徳島と高知です。一票の格差を縮めるための措置でしたが、県単位の代表を失う地域から強い反発が続いています。

参議院をブロック単位の中選挙区に組み替えれば、この問題の立て方自体が変わります。「県ごとに1人」という発想を離れ、より広い圏域から複数人を選ぶ形にすれば、県を無理に合体させる必要がなくなるからです。人口比で定数を割り振れば、格差の是正と地域代表の両立に近づきます。

実際、参議院の改革論議でも「全国をブロックに分ける」案は繰り返し検討されてきました。全国を11のブロックに分ける案などが、これまでも俎上に載っています。決して突飛な発想ではありません。

付け加えると、いまの参議院の選挙区は、すでに中選挙区に近い性格を持っています。1人しか選ばない県もあれば、複数人を選ぶ都市部もある。1人区と複数人区が混在した、いびつな状態です。

この混在こそが、一票の格差と合区問題を同時にこじらせてきた原因でもあります。県という単位にこだわり続けた結果、人口の少ない県を無理に接合するしかなくなった。

ならば、はじめから複数人を選ぶ制度に統一したほうが、設計としてすっきりします。参議院を中選挙区に寄せるという案は、現状からの飛躍ではなく、むしろ現状の整理に近いのです。

そして重要なのは、ここまでのすべてが憲法改正なしで実現できるという点です。憲法47条は「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」と規定しています。つまり公職選挙法を変えれば足ります。合区解消のために憲法を変えるという議論もありますが、選び方の設計を変えるだけなら、そこまでは要りません。


いちばん重い反論──「衆院が一党支配になる」

ここまで読んで、強い違和感を持った方がいるはずです。もっともな反論なので、正面から書きます。

衆議院を小選挙区だけにしたら、いまより極端な結果が出るのではないか。

そのとおりです。2026年2月の小選挙区では、自民が49%の得票で86%の議席を取りました。仮にこの選挙が小選挙区だけで行われていたら、比例の67議席という「緩衝材」すらなくなります。

過去10回の衆院選でも、第1党が40%台の得票で7割以上の議席を占めた例があります。小選挙区制とは、そういう制度です。民意を増幅する装置は、暴走もまた増幅します。

だからこの案は、参議院の作り替えとセットでなければ成立しません。衆院だけ小選挙区に一本化して参院を放置すれば、それは単なる少数派の締め出しです。順番を間違えれば害のほうが大きい。ここは強調しておきます。

そして、参議院は本当に止められるのか

さらに厳しい問題があります。参議院に、衆議院を止める力が十分にあるのかという点です。

憲法59条は、参議院が否決した法律案でも、衆議院が出席議員の3分の2以上で再可決すれば成立すると定めています。参議院が60日以内に議決しなければ、否決とみなすこともできます。

ここに、この案の弱点が露出します。いまの自民党は、衆議院で単独3分の2を超えています。つまり参議院がどれだけ反対しても、理屈のうえでは押し切れる状態です。

公平のために書けば、日本の参議院は国際的には「強い上院」に属します。予算や条約以外の法律案では、3分の2の再可決は実際には高いハードルで、めったに使われてきませんでした。

それでも、衆院を小選挙区一本にして多数派をさらに作りやすくするなら、この3分の2という数字の意味は変わってきます。制度を組み替えるなら、再可決の要件をどうするかも同時に議論しなければ、片手落ちになる――そう考えます。

具体的には、二つの方向がありえます。ひとつは再可決の要件を引き上げること。もうひとつは、参議院が否決した法案の扱いに、時間をかけた再協議を義務づけることです。いずれも憲法に関わるため、簡単ではありません。

ただ、少なくともこれだけは言えます。「衆院を強くする改革」だけを先に進めれば、歯止めのない制度になる。順番と組み合わせを間違えないことが、この案の生死を分けます。


中選挙区は「悪者」だったはずでは

もう一つ、当然出てくる反論があります。中選挙区は、かつて廃止された制度だという点です。

1994年の政治改革で中選挙区が捨てられたのには、はっきりした理由がありました。

1つの選挙区から複数人が当選するため、同じ党の候補者同士が争うことになります。政策で差がつかない同士討ちは、有権者へのサービス合戦に流れ、選挙にカネがかかる。それが派閥を太らせ、「派閥支配とカネの政治」を固定化した――これが当時の総括でした。リクルート事件など一連の政治不信が背景にあります。

この批判は正当です。中選挙区を復活させるなら、この弊害への答えが要ります。

ただし、参議院に限って使うなら、話の前提が変わると考えます。

派閥が力を持ったのは、中選挙区が首相を生む院の制度だったからです。政権を作る院で同士討ちが起きるから、カネと数を握った派閥が総裁の座を左右できた。首相を指名しない参議院では、その連鎖の起点がありません。

加えて、いまは政治資金の規制も情報公開も1994年とは別物です。同じ制度を置いても、同じ結果になるとは限りません。もちろん「絶対に起きない」とは言えない。ここは断定を避けます。

一方で、中選挙区には見落とされがちな長所もあります。少ない得票でも当選でき、中小政党や新しい勢力に道が開けること。極端な振れを抑え、地域の声を届けやすいこと。参議院に持たせたい機能と、素直に重なります。

近年は「中選挙区制は令和の日本に再び適合するのか」という問い直しも、学術の側から出ています。多様化した民意を映し、極端な政治の振れを抑える機能が再評価されつつある。30年前に葬られた制度が、いま別の文脈で見直されているのは事実です。

他国はどうしているか

二つの院に別の選び方をさせるのは、日本だけの奇策ではありません。

イギリスの下院は、完全な小選挙区制です。比例代表はありません。だから政権交代は明確に起き、勝った党が責任を持って統治します。上院は非公選で、下院とはまったく違う構成になっています。

ドイツは逆の発想で、下院に比例の要素を強く残し、連立政権が常態化しています。決めるのに時間はかかりますが、少数意見は議席に反映されます。

どちらが優れているという話ではありません。重要なのは、どの国も「二つの院を似た方法で選ぶ」ことは避けているという点です。同じ選び方をすれば、二院制は意味を失うからです。

その意味で、いまの日本は例外的です。衆院も参院も、選挙区と比例の組み合わせという似た方法で選ばれている。カーボンコピー批判は、制度設計上の必然だったとも言えます。


誰が、この法案を潰したのか

ここで、7月に止まった定数削減の話に戻ります。

時事通信が2月の得票を当てはめた試算では、影響はこうなります。共産と参政は比例議席がちょうど半分に、国民民主は3分の2に、比例1議席のれいわはゼロ。自民と維新の議席占有率は76%から80%へ上がると見込まれました。

この数字を掲げて、「少数意見の切り捨てだ」という批判が起きました。

ただ、ここで一つ確認しておきたいことがあります。その批判をしている人たちは、誰なのかという点です。

反対した側 掲げた理由 比例が減ると起きること
公明党 「多様な民意を切る改革だ」 2月の選挙で旧公明出身の28人全員が比例で当選。比例は議席の生命線
共産党 「議会制民主主義破壊の暴挙」 比例議席が4→2へ、半減の試算
立憲民主・中道改革連合 「なぜ1割なのか根拠がない」 中道改革連合は35→27の試算
自民党内の一部 「急な削減は考えられない」「漸進的に」 反発の中心は比例選出議員。自民の比例は81→64の試算
各党の主張は公表された発言より。試算は時事通信が2026年2月衆院選の得票を当てはめたもの。並べ方は筆者による。

表の左と右を見比べてください。反対の列に並んだのは、いずれも比例で議席を得ている人たちでした。自民党内で反発の中心になったのも、比例選出の議員です。

もちろん、掲げられた理屈が全部まちがっているとは言いません。「なぜ1割なのか」という問いは正当ですし、後で触れるとおり、与党側の説明もお粗末でした。

それでも、こう問わずにはいられません。もし削減の対象が小選挙区だったなら、同じ人たちは同じ熱量で反対しただろうか。

制度を論じているように見えて、実際に守られたのは自分の議席ではなかったか。少なくとも、そう疑われても仕方のない顔ぶれではあります。

与党側の説明も、お粗末だった

公平のために、与党の落ち度も書いておきます。

45という数字に、制度上の必然性はありません。国会審議で「なぜ1割削減なのか」と問われた高市首相は、「日本維新の会から提案を受けたから」と答弁しました。45人の代表を減らす根拠が、連立相手からの提案。これでは説明になっていません。

しかも法案には「1年以内に結論が出なければ自動的に削減する」という条文が付いていました。結論を先に決めて議論を形だけにするやり方は、褒められたものではありません。

正しい方向を、雑な理屈で進めた。だから反対する側に、格好の攻撃材料を与えてしまった。これが7月の構図だったと考えます。

そして、最後は取引で消えた

とどめを刺したのは、7月7日の高市・吉村会談でした。

この会談で両党首は、定数削減の今国会成立を見送り、代わりに副首都構想の関連法案と皇室典範改正を確実に成立させる方針を確認しました。

つまり、定数削減は否決されたのではありません。他の法案を通すための取引材料として、後回しにされたのです。維新が「身を切る改革」の看板として掲げてきたはずの政策が、党首会談のテーブルで順番を下げられた。

日経新聞の世論調査では、「定数削減と選挙制度自体の見直しは一体でやるべきだ」が56%を占めました。有権者は「減らすな」と言っているのではありません。「減らすなら、仕組みごと考えろ」と言っているのだと思います。

その声に応えるなら、進むべき方向は一つです。45減らして復活枠を細らせるのではなく、比例176すべてをなくして復活当選そのものを終わらせる。そして切り落とした多様性は、参議院に移す。ここまでやって、はじめて筋が通ります。


減らすなら、残る議員の待遇は下げない

定数削減の議論には、必ず「身を切る改革」という言葉が付いてきます。議員の数を減らし、歳費も削る。有権者に一番ウケる話です。

けれど、ここは分けて考えるべきだと思います。数を減らすことと、待遇を下げることは、別の政策です。

まず現状を確認します。国会議員の歳費は月額129万4000円で、期末手当を含めると年間およそ2,190万円。これに調査研究広報滞在費が月100万円(年1,200万円)、会派に交付される立法事務費が議員1人あたり月65万円(年780万円)加わります。

国際比較では、日本の議員報酬は各種手当を含めると世界で3位前後とされます。アメリカより高く、フランスのおよそ3倍です。日本の給与所得の中央値がおよそ370万円であることを思えば、「高すぎる」という感覚は当然出てきます。

この事実は、正直に書いておきます。単純な「報酬アップ」を主張するのは、国際的に見て分が悪い

それでも、削るべきではないと考える

その上で、私は歳費の引き下げには反対します。理由は三つあります。

一つ目。報酬を下げれば、資産のある人しか議員になれなくなります。会社員を辞め、落選すれば無職になる仕事です。生活が成り立たない水準にすれば、残るのは世襲議員と資産家だけになる。多様な人材を求めるなら、逆効果です。

二つ目。安い報酬は、カネの誘惑への抵抗力を弱めます。政治とカネの問題が繰り返されてきた国で、議員の収入源を細くするのは筋が悪い。歳費を削って裏金が増えるなら、本末転倒です。

三つ目。議員を減らすなら、一人あたりの責任は重くなります。465人でやっていた仕事を、より少ない人数で担う。国会議員は立法府として行政を監視する役目を負っており、その体制はむしろ強化が要る。減らした上で処遇まで削れば、劣化するのは当然です。

総額を増やさずに、厚くする

現実的な設計としては、こうなります。議員定数を減らして浮いた人件費を、残った議員に回す。総額は増やさないまま、一人あたりの体制を厚くする。

仮に衆院の比例176をなくせば、その分の歳費や関連経費は丸ごと浮きます。それを国庫に返すのではなく、政策秘書の増員や調査スタッフの拡充に充てる。議員個人の懐を潤すのではなく、立法府としての能力に投じるという考え方です。

「身を切る改革」は聞こえがいい言葉です。ただ、切って弱った国会を喜ぶのは、監視される側の官僚と政府ではないでしょうか。目指すべきは安い国会ではなく、強い国会だと考えます。

もちろん、これには前提が要ります。使途の透明化です。調査研究広報滞在費は2024年にようやく使途の公開と残額の国庫返納が義務づけられました。厚く払うなら、1円まで見えるようにする。この順番なら、有権者の理解も得られるはずです。


二院セットなら、損得が打ち消し合う

この案が実際に動くとすれば、各党の反応は割れるはずです。数字から想像がつきます。

立場 衆院・小選挙区一本化への反応 参院・中選挙区+比例への反応
大政党 歓迎しやすい。小選挙区で議席が増幅される 抵抗が出る。参院での支配力が落ちる
中小政党 強く反対。衆院での議席がほぼ消える 歓迎。参院に活路が生まれる
地方・過疎地 区割り次第。定数是正で不利になりうる 合区解消につながれば歓迎
各党の公式見解ではなく、制度が議席に与える効果からの推論。実際の対応は各党の判断による。

表を見て分かるのは、この案には、全員が丸ごと得をする道はないということです。大政党は衆院で得をして参院で損をする。中小政党はその逆になる。

だからこそ、取引が成立する余地があるとも言えます。片方の院だけをいじる案は、必ず一方的な有利不利を生んで潰れます。7月の定数削減が止まったのは、まさにそれが理由でした。

二つの院を同時に組み替えるなら、損得が打ち消し合う。政治的な現実味という点でも、セットで議論する意味はあると考えます。


落ちた人は、落ちる

最後に、この提案の限界も書いておきます。

選挙制度に「正解」はありません。民意を増幅すれば決められる政治になり、そのまま映せば決まらない政治になる。どちらを重く見るかは価値観の問題であって、数式で答えが出るものではないからです。

この記事の案にも、はっきりした弱点があります。衆院の一党支配リスクは現実にあり、参院が3分の2の再可決を止めきれるかは不透明で、中選挙区の弊害が再発する可能性も否定できない。だからこの案は、衆院と参院をセットで組み替えなければ成立しません。片方だけなら、やらないほうがましです。

それでも、一つだけ譲れない点があります。

選挙区で有権者に「NO」と言われた候補が、党の名簿によって議員になる。この仕組みを、これ以上続ける理由が見つからないのです。

比例代表は、民意を正確に映す優れた制度です。2026年2月の選挙でも、比例は得票37%に対して議席38%と、ほぼ完璧に機能していました。だからこそ、その正確さは参議院で活かすべきだと考えます。復活当選という抜け道と抱き合わせにしたまま、政権選択の院に置いておくのは惜しい。

衆議院は、勝った人が勝ち、負けた人が負ける院に。参議院は、少数の声も議席になる院に。そして数を減らすなら、残る議員は安く買い叩かず、行政を監視できる体制を持たせる。

45議席減らすかどうかは、その入口にすぎません。本当に問うべきは、落選した人を議員にする仕組みを、この先も持ち続けるのかどうかです。

秋の臨時国会で、この法案は再び議題に上ります。そのとき、反対する議員がどの選挙区から出てきた人なのか。名簿で当選した人なのか、選挙区で選ばれた人なのか。そこまで見て、反対の理由を聞いてみてほしいと思います。

あなたが投票所で下した判断は、開票後にひっくり返されてもいいものでしょうか。


主要ソース

2026年2月衆院選の結果

選挙制度の仕組みと論点

比例復活・重複立候補

議員歳費・待遇

参議院の選挙制度・合区問題

定数削減法案をめぐる動き

関連(当サイト既報)

🌿 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

編集者K

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