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トランプとイランの戦争が再開した──「平和は目前」の翌日に殺されたハメネイ、暗殺計画を売り込んだネタニヤフ、そして11月の中間選挙。報道が繋がない140日を並べる

関心度 ★★★★★ 信頼度 ★★★☆☆ 賛否度 ★★★★☆

いま中東で、米国とイランの戦争が再び燃えている。7月18日時点で、米軍によるイラン本土への空爆は7夜連続。イランはバーレーン、クウェート、ヨルダンの米軍拠点に弾道ミサイルとドローンで応戦し、ヨルダンでは米兵2人が死亡した。

日本の報道では「中東情勢の緊迫」という言葉で流れていくこのニュース、実は一本の線でつながっている。2月28日のハメネイ最高指導者殺害から、息子への世襲、停戦、覚書、そして7月の再戦まで──140日の記録を並べ直すと、「誰が、なぜ、この戦争を始めたのか」という別の絵が見えてくる。

先に断っておく。戦時の情報には双方の宣伝が混ざる。本稿は米欧・中東・公的資料の報道を突き合わせ、確定事実と主張を区別して並べる。断定はしない。判断は読者に委ねる。


いま何が起きているのか──7夜連続の空爆、戦火は湾岸全域へ

攻撃は「軍事目標」から「水と橋」へ

米中央軍(CENTCOM)は7月7日以降、イラン南部への空爆を連夜続けている。初日だけで80標的超。防空システム、沿岸レーダー、対艦ミサイル、そして革命防衛隊の小型艇60隻以上を破壊したと発表した。

だが攻撃対象は軍事施設にとどまっていない。イラン側の発表では、南部ジャスクの海水淡水化プラントが「完全に破壊」され、20の村・約1万人が断水した。国営放送はホルムズ海峡近くの橋や鉄道が崩れた映像を流している。イランは「民間インフラへの攻撃は戦争犯罪だ」と非難した。

イランも同じ方法で報復している。クウェートの淡水化・発電プラントを攻撃し、消防士が負傷。バーレーンでは空襲警報が繰り返し鳴り、ヨルダンは弾道ミサイル10発を迎撃した。革命防衛隊はバーレーンの米第5艦隊拠点、クウェートのアリ・アル・サレム基地など「85の米軍標的を破壊した」と主張している。

人的被害はこうだ。イラン発表で7月の死者50人超・負傷500人超。米側はヨルダンで兵士2人死亡・1人行方不明──イランの攻撃による米兵の死者は3月以来となる。7月17日には衛星画像でブシェール原子力発電所内部の損傷も確認された。

7月 何が起きたか
7日 イランがホルムズ海峡でタンカー3隻を攻撃。米が石油制裁を再発動
7〜8日 米が80標的超を空爆。トランプ大統領「覚書は終わった」。イランは85の米軍標的に報復と主張
13日 イランが再びタンカー2隻を攻撃。米が空爆再開
15日 米「ホルムズの船舶保護」を掲げ第2波空爆
17〜18日 空爆7夜連続。淡水化プラント破壊で1万人断水。イランはクウェート・バーレーン・ヨルダンを攻撃、米兵2人死亡。イランが覚書の「停止」を表明

そして7月18日、イランの新最高指導者ムジュタバ・ハメネイ師が声明を出した。

「トランプの署名は無価値で、信用できない」

── ムジュタバ・ハメネイ イラン最高指導者(7月18日)

外務省報道官も「現時点で交渉の予定はない。国の防衛に集中する」と述べた。交渉のテーブルは、いま完全に消えている。


この戦争はどう始まったのか──「平和は手の届くところに」の翌日に

発端は、革命以来最大のデモと、その虐殺だった

時計を2025年末に巻き戻す。イランでは経済悪化を引き金に、100都市超・500万人規模ともされる反政府デモが起きていた。1979年の革命以来最大の規模だ。

これに対しハメネイ最高指導者(父)は、革命防衛隊とバシジ民兵による武力鎮圧を自ら命じたとされる。1月8日と10日が最悪の日となり、目撃者は「血に覆われた通り」を証言し、病院と遺体安置所は許容量を超えた。イランは報道を封じるため史上最長のネット遮断を行った。

この弾圧の死者数は、発表元によってここまで割れている。

発表元 死者数の推計・発表
イラン政府 3,117人
人権団体HRANA 約7,000人(拘束者26,541人以上)
イラン保健省高官2人(内部証言) 約30,000人
トランプ大統領 「少なくとも32,000人が殺されたようだ」(2月27日)
国際人権センター(ICHR) 43,000人

10倍以上の開きがある数字のどれが実態に近いのかは、いまも検証できていない。ただ、最小のイラン政府発表ですら3,000人超──この虐殺が、米国の軍事行動に「人道」の大義名分を与えたことは間違いない。

1月13日、トランプ大統領はイラン国民に呼びかけた。「あなたたちの機関を乗っ取れ。助けは向かっている」。同時に空母エイブラハム・リンカーン、続いてジェラルド・R・フォードを中東へ集結させる。2003年のイラク侵攻以来の規模の戦力集中だった。

交渉は、決裂していなかった

ここが本稿でいちばん重要な部分だ。多くの人は「交渉が決裂したから攻撃した」と思っている。だが記録は逆を示している。

2月6日からオマーン仲介の間接交渉が始まり、「良いスタート」と評された。2月25日、イランのアラグチ外相は「歴史的機会が手の届くところにある」と発言。そして開戦前日の2月27日、仲介役のオマーン外相が「ブレークスルー(突破)があった」と公式に発表した。

イランは①濃縮ウランを今後一切貯蔵しない ②IAEAによる完全な検証を受け入れる ③保有する濃縮ウランを「可能な限り低いレベル」まで不可逆的に希釈する──ことに同意した。「平和は手の届くところにある」

── バドル・アル・ブサイディ オマーン外相(2月27日・開戦前日)

次回交渉は3月2日に設定されていた。その3日前、2月28日に米国とイスラエルは攻撃を開始した。12時間で900近い空爆。狙いは核施設だけではなかった。最初の数分で、ハメネイ最高指導者は自宅の会議中に家族もろとも殺害された。いわゆる「斬首作戦」である。

なお交渉の中身については、米側のウィトコフ特使が「イランは濃縮の権利に固執し、60%濃縮ウラン460キロで核爆弾11発分できると豪語した」と説明している。一方、交渉を知る外交官らは「ウィトコフ氏はやり取りを誤って伝えた。イランは数年間の濃縮停止まで提案していた」と証言しており、ここは真っ向から食い違っている。


仕掛けたのはイスラエルなのか──記録に残る事実を並べる

ネタニヤフが恐れたのは「交渉の失敗」ではなく「成功」だった

では、この開戦は誰が主導したのか。「イスラエルが仕掛けたのではないか」という問いに対して、現時点で報道記録に残っている事実を時系列で並べる。

日付 記録に残っている事実
2025年6月 イスラエルが先制攻撃で「12日間戦争」を開始。米国も核施設を攻撃
2026年1月5日 イスラエル安全保障閣議が5時間の会合で、イランへの追加攻撃を承認
2月10〜11日 ネタニヤフ首相、「交渉が成功しそうなことに危機感を強め」訪米。トランプ大統領に軍事行動を要請し、イラン指導部の暗殺計画を売り込む
2月26日 米情報機関が「茶番(farcical)」と評価した同計画を、トランプ大統領が承認
2月27日 オマーン外相「ブレークスルー」「平和は手の届くところに」と発表
2月28日 米・イスラエルが攻撃開始。ハメネイ師を殺害
6月8日 停戦中、イスラエルがテヘラン大規模攻撃を準備。機体の発進準備中にトランプ大統領が電話で「単独でやることになる」と警告し中止させたと報道

つまり記録上、ネタニヤフ首相が動いたのは「交渉が壊れたから」ではない。壊れそうにないから、だった。米CNNなどが報じた「交渉成功への危機感(increasingly alarmed)」という表現は、この構図を端的に示している。外交で核合意が成立すれば、イランの体制は生き残る。イスラエルが求めていたのは合意ではなく、体制転換だった──暗殺計画の狙いが「好ましい政権交代を生むこと」と報じられている通りである。

ただし、引き金を引いたのはトランプである

一方で、「イスラエルが仕掛けた」で話を終わらせると、見誤る部分がある。反対側の材料も並べておく。

第一に、最終決定者はトランプ大統領だ。自国の情報機関が「茶番」と評価した計画を、承認したのは米国大統領である。2月24日の一般教書演説では「イランのミサイルはまもなく米国本土に届く」と訴えたが、米情報機関の評価では、イランがそうした長距離ミサイルを作るとしても2035年までかかるとされ、大統領の主張と自国の情報評価は食い違っていた。

第二に、デモ弾圧への義憤という文脈も実在した。数万人規模ともされる自国民の虐殺は事実として報じられており、「あの政権を放置してよいのか」という圧力は米国内にもあった。攻撃を「虐殺者への懲罰」と支持する声は、宣伝だけでは説明できない。

第三に、後述する7月の戦争再開は、イスラエルではなくホルムズ海峡の解釈対立とワシントンの国内事情が引き金だ。すべてをイスラエルの糸引きで説明するのは、事実に合わない。

整理すればこうなる。2月の開戦については「交渉成功を恐れたネタニヤフが引き金を用意し、トランプがそれを引いた」という構図が、複数の報道記録で裏付けられている。ただし7月の再戦は、別の力学で動いている。


殺された父と、選ばれるはずのなかった息子

開戦の混乱の中で、イラン国内ではもう一つの権力ドラマが進んでいた。後継者選びである。

3月3日から8日、専門家会議が新最高指導者の選出を行い、3月9日、故ハメネイ師の息子ムジュタバ・ハメネイ師が第3代最高指導者に就いた。だがこの人事、実は故人の遺志ですらなかった。ハメネイ師(父)が側近に残した後継候補3人のリストに、息子の名前はなかったと報じられている。

押し込んだのは革命防衛隊だった。初回投票でいきなり3分の2を確保した結果について、米欧の専門家は「軍が主導権を握った証左」と分析する。ムジュタバ師は父と同じく中位の聖職者にすぎず、宗教的権威の裏付けは薄い。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの論者は「聖職者は堕落した王家と違って世襲をしない、という革命最後の平等主義の柱が崩壊した」と評した。

ここに皮肉がある。イスラエルが「政権交代」を狙って仕掛けた斬首作戦の結果、生まれたのは民主的な政権でも穏健な政権でもなく、軍に担がれた世襲の最高指導者だった。革命防衛隊の発言力はむしろ強まり、そのイランがいまホルムズ海峡で米国と撃ち合っている。


停戦はなぜ2度崩れたのか──レバノンという抜け穴、ホルムズという時限装置

1度目の危機は、イスラエルのレバノン攻撃から

40日間の戦闘の後、4月8日にパキスタン仲介で停戦が成立した。だが最初から欠陥があった。停戦にレバノンが含まれるのか──パキスタンとイランは「含まれる」、米国とイスラエルは「含まれない」と、解釈が割れたまま走り出したのだ。

イスラエルはその解釈の隙間で、ヒズボラの司令部を狙う「永遠の闇作戦」をレバノンで継続した。6月7日、イスラエル軍がベイルート南部を空爆すると、イランは停戦後初めて弾道ミサイルをイスラエル北部へ撃ち込む。イスラエルは報復としてテヘランへの大規模攻撃を準備し、機体が発進準備に入った段階で、トランプ大統領が電話で止めた──「これ以上やるなら、イスラエルは単独でやることになる」。

この危機を越えて、6月17日に米イランは14項目の覚書(MoU)に署名した。60日間の交渉プロセス、ホルムズ海峡の通航再開、米国の石油制裁免除と資産凍結解除。原油価格は4月のピークから32ドル下がり、7月1日には1バレル70ドルを割った。世界経済にとっては、束の間の平和配当だった。

2度目の崩壊は、海峡の「解釈」から

崩壊は3週間後に来た。7月7日、イランがホルムズ海峡でタンカー3隻(マーシャル諸島・サウジ・リベリア船籍)を攻撃したのだ。

ここにも解釈対立がある。イランは「覚書により、ホルムズの航路管理権はイランにある」と主張し、船舶に自国沿岸寄りの「安全ルート」を通るよう指示していた。3隻はこれを無視してオマーン沿岸寄りを航行したとされる。テヘランの分析者は「機雷掃海の作業海域に近づいたためだ」と説明する。一方、米国は「海峡はすべての船に開かれるべきで、覚書は自由通航を定めている」という立場だ。同じ文書を、双方が正反対に読んでいる。

トランプ大統領の反応は苛烈だった。80標的超の空爆、石油制裁の再発動、海上封鎖の再開。折しも故ハメネイ師の葬儀期間中で、米国は「葬儀中の攻撃停止」を約束したと報じられた直後の攻撃だった。アンカラのNATOサミットでこう言い放った。

「覚書は終わったと思う」
「交渉は続けさせてもいいが、個人的には時間の無駄だ」
「彼らは病んでいる。どこかおかしい」

── トランプ米大統領(7月8日・NATOサミット)

イラン側の首席交渉官ガリバフ国会議長も応じた。

「いじめと恐喝の時代は終わった。それはどこにも通じない。我々は屈しない」

── モハンマド・ガリバフ イラン国会議長・首席交渉官(7月8日)

NATOのルッテ事務総長は米国の攻撃を「絶対に必要だった」と支持し、湾岸諸国とエジプトはイランの攻撃を一斉に非難した。国際世論の表面上は米国側に傾いているが、交渉のテーブルはこうして吹き飛んだ。

どちらが覚書を破ったのか──双方の言い分

「先に破ったのはどちらか」をめぐる双方の主張を並べると、同じ文書の別々の条項を互いに突きつけ合っている構図が見える。

論点 米国の主張 イランの主張
ホルムズ海峡 覚書は少なくとも60日間の自由通航を定めており、タンカー攻撃は明白な違反 覚書で航路の管理権はイランにあり、指定した「安全ルート」を無視した船への警告措置
空爆 国際通商を守るための限定的な対応 「軍事作戦の停止」を定めた覚書第1項と国連憲章2条4項への違反。監視施設への攻撃は侵略
制裁 タンカー攻撃への対抗措置として免除を取り消し 石油輸出の再開こそ覚書の核心であり、再発動は合意の根幹を壊す重大違反
レバノン (イスラエルの作戦は覚書の対象外という立場を継続) 覚書はレバノンを含む全戦闘の停止を定めており、イスラエルの攻撃継続も米側の違反

加えてイランが問題視するのが、攻撃のタイミングだ。7月7〜8日は殺害されたハメネイ師の数日がかりの葬儀の最中で、米国は「葬儀期間中の攻撃停止」を約束したと報じられていた。ナジャフでは棺を囲む大群衆の中に空爆のニュースが流れた。交渉中に米国が大規模攻撃に踏み切るのはこれで3度目であり、イラン側は「信頼が壊れた原因はそこにある」と主張している。


トランプの時計──11月の中間選挙と原油価格

ここで一つの疑問が残る。トランプ大統領はなぜ、自分が署名した覚書をわずか3週間で「終わった」と宣言できたのか。

アルジャジーラの分析が、身も蓋もない補助線を引いている。トランプ大統領は11月の中間選挙を前に、原油とガソリンの価格を下げることを急いでいる──という指摘だ。覚書でホルムズが再開した6月、原油は70ドル台まで下がった。ところが7月8日の空爆と「覚書は終わった」発言で、ブレント原油は一日で6%上昇し78ドルへ跳ね返った。強硬姿勢が自らの目標を壊す悪循環に入っている。

選挙前に「弱腰」は見せられない。かといって戦争の長期化はガソリン価格を押し上げ、インフレを再燃させる。この矛盾した二つの要請の間で、攻撃と交渉再開のシグナルが交互に出ている──というのが現状のワシントンの見え方だ。トランプ大統領は次の攻撃対象として、イランが山中に建設する謎の核関連施設「ピッカクス山(コラング山)」の名前まで挙げ始めている。

イラン側にも時計がある。石油輸出は経済のほぼ唯一の生命線で、制裁免除と引き換えのホルムズ再開こそが覚書の核心だった。制裁が再発動されたいま、イランに譲歩の動機は乏しい。専門家の間では「イランはタンカー攻撃で米国を挑発し、交渉期限までの時間を稼いでいる」という見方と、「双方とも最終的には矛を収めたい」という見方が併存している。


日本への影響──他人事ではないホルムズ

最後に、日本にとっての意味を短く整理しておく。日本の原油輸入の約9割は中東からで、その大半がホルムズ海峡を通る。2月末から6月まで海峡が事実上閉鎖された間、原油は4月に1バレル100ドル超の水準まで急騰し、アジアの輸入国が最も大きな需要削減を強いられたと米エネルギー情報局(EIA)は分析している。

6月の覚書で価格は70ドル台まで戻ったが、7月の再戦で再び上昇に転じた。海峡が再度閉鎖されれば、ガソリン・電気・物流費という形で日本の家計に直結する。日本政府は6月の覚書合意を歓迎する立場を表明していたが、その前提はいま崩れつつある。

もう一つ、報道の視点の問題がある。日本のニュースでは「米イラン対立」の構図で伝えられることが多いが、本稿で見た通り、この戦争の起点にはイスラエルの意思決定が深く関わっている。そして交渉が「成功しそうだったから」攻撃が始まったという経緯は、ほとんど報じられない。何が報じられ、何が報じられないか。それ自体がこの戦争の一部である。


結局、何を見ておくべきか

140日を並べ直して見えたものを、まとめておく。

2月の開戦は、交渉決裂の結果ではなかった。「平和は手の届くところに」という仲介国の発表の翌日に、攻撃は始まった。その引き金を用意したのは、交渉成功に危機感を強めたネタニヤフ首相であり、情報機関が「茶番」と呼んだ暗殺計画を承認して引き金を引いたのはトランプ大統領だった。

斬首作戦は成功したが、政権転覆は起きなかった。生まれたのは軍に担がれた世襲指導者であり、7月の再戦は覚書の解釈対立と米国の選挙事情という、また別の火種で燃えている。そして交渉のテーブルは消え、双方が民間インフラを撃ち合う段階に入った。

この先の注目点は三つ。①8月に期限を迎える交渉プロセスが復活するのか ②ホルムズ海峡が再び閉鎖されるのか ③11月の米中間選挙までにトランプ大統領が「戦果」と「原油安」をどう両立させようとするのか。

「和平の前日に戦争を始めたのは誰か」。この問いを覚えておくだけで、これから流れてくるニュースの見え方は変わるはずだ。あなたはこの140日を、どう読むだろうか。


主要ソース

現在の戦況(2026年7月)

7月8日・覚書崩壊の経緯

開戦の経緯・イスラエルの関与

ハメネイ後継・イラン内政

原油・経済への影響

※本稿の内容には戦時下の双方の発表・主張が含まれ、独立検証が困難な情報があります。死傷者数・戦果はいずれも各当事者の発表値です。

🌿 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

編集者K

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