ホーム ニュース シャインマスカットは、も…
ニュース地域政治

シャインマスカットは、もう手遅れだった──「海外流出防止」で報じられない改正種苗法の中身。独占40年、種子法廃止から8年、タネは誰のものになったのか

関心度 ★★★★☆ 信頼度 ★★★★☆ 賛否度 ★★★★☆

7月17日、改正種苗法が成立した。NHKの投稿は「日本で開発された種苗 海外流出を防止へ」と伝え、314万回表示された。時事も日経も、見出しはほぼ同じ。国産フルーツを守る、いい法律ができた——そういう空気で報じられている。

海外流出を止めるという目的に、反対する人は少ないだろう。中国で無断栽培されるシャインマスカットの話は、多くの人が知っている。悔しい、なんとかしてほしい、という素朴な気持ちは、よくわかる。

ただ、この法律で実際に変わったことを一つずつ読んでいくと、「海外流出防止」という言葉だけでは説明のつかない中身が見えてくる。品種の独占期間が10年延びたこと。権利の及ぶ範囲が「保管」にまで広がったこと。そして、この改正が、種子法廃止から続く8年間の、一本の流れの終着点にあること。

本稿は、報じられている「良くなった面」を認めた上で、報じられていない「権利強化」の中身と、その先にある留保を並べる。守られているのは農家なのか、それとも育種のビジネスなのか。断定はしない。判断は読者に委ねる。


シャインマスカットは、なぜ「手遅れ」なのか

中国の栽培面積は、日本の30倍

まず、この法律の出発点にあるシャインマスカットの話から確認しておく。この一件が、改正のすべての説明に使われているからだ。

シャインマスカットは、日本が約18年かけて開発し、2006年に品種登録した高級ブドウだ。ところが、その苗が海外に流出し、中国で無断栽培が広がった。中国の栽培面積は、日本の約30倍に達している。

項目 シャインマスカットの現状
日本の栽培面積 約1,840ヘクタール
中国の栽培面積 約5万3,000ヘクタール(日本の約30倍
許諾料の逸失 100億円規模(農水省試算。近年は中韓合計で200億円弱との試算も)
逆輸入リスク 安価な中国産が東南アジア市場で日本産と競合

今回の法改正でも、シャインは救えない

ここが、報道であまり強調されない点だ。今回どれだけ権利を強化しても、すでに流出してしまったシャインマスカットには、さかのぼって適用できない。

いったん海外に出た品種を止めるには、その国で品種登録するしかない。だが中国での登録には期限があり、シャインはそれを逃している。つまり、この法律の「顔」として使われているシャインマスカット自身は、この法律では救えない。

改正が守るのは、シャインではなく、これから生まれる「次のシャイン」だ。過去の失敗を教訓に、未来の品種の権利を固める——それがこの法律の本質であり、だからこそ中身は「流出防止」よりも「権利強化」に寄っている。

なぜ流出は止められなかったのか

そもそも、なぜシャインは流出したのか。ここに、種苗をめぐる制度の弱点が凝縮されている。

品種の権利は、国ごとに登録しなければ守られない。日本で品種登録しても、中国で登録していなければ、中国国内での栽培は止められない。そして海外での登録には各国ごとに期限があり、シャインはその手続きが追いつかなかった。苗は人の手で容易に国境を越え、いったん現地で増やされてしまえば、後から取り返す法的手段はほぼない。

この「登録前の空白」と「国境を越える苗」という二つの穴が、シャイン流出の技術的な原因だった。今回の改正が出願段階の差し止めや保管の規制に踏み込んだのは、まさにこの穴を塞ぐためだ。理屈としては、確かに筋が通っている。問題は、穴を塞ぐと同時に、権利者の力を大きく広げた点にある。


報じられなかった「権利強化」3つの中身

では、何が強化されたのか。報道が「海外流出防止」の一言で流した部分を、3つに分けて具体的に見ていく。

① 独占できる期間が、10年延びた

新品種を国に登録すると「育成者権」という知的財産権が得られ、その品種の種苗・収穫物・加工品の販売を独占できる。今回、この独占期間が10年間延長された。

果樹は30年から40年へ。その他の作物は25年から35年へ。一度登録すれば、40年間、その品種はその権利者のものになる。40年といえば、生まれた子が中年になるまでの長さだ。「海外流出防止」という言葉から、この期間延長を思い浮かべた人は、どれくらいいるだろうか。

② 登録される前から、輸出を差し止められる

これまで、育成者権は登録されて初めて効力を持った。ところが登録審査には3〜6年かかる。この「出願してから登録されるまでの空白」の間に、海外へ流出させられてしまう——これが課題とされてきた。

今回の改正で、出願が公表された段階から、無断輸出の差し止めを請求できるようになった。まだ正式な権利になっていない、審査中の品種についても、輸出を止める力を持たせたわけだ。空白を埋めるという説明には筋が通っているが、裏を返せば、権利が発生する前から権利者を保護する、という前倒しでもある。

③ 「保管」も侵害になり、名前を使えば「その品種」とみなされる

3つ目が、最も実務的で、最も報じられていない。育成者権の効力が、輸出目的の「保管」の段階にまで及ぶようになった。これまでは販売や譲渡が対象だったが、輸出しようと倉庫に保管している時点で、侵害を問えるようになる。

さらに、登録品種の名前を使って種苗を売っていれば、その種苗は「当該登録品種である」と推定する規定も新設された。これまで権利者は「これは自分の品種だ」と立証する必要があったが、今後は名前が使われていれば、まず権利侵害と推定される。立証の負担が、権利者から侵害を疑われた側へと移る、大きな転換だ。

損害賠償も、取りやすくなった

もう一つ、実務家しか注目していない変更がある。損害賠償の計算方法だ。今回の改正で、権利者は通常の許諾料を上回る額を請求できる場合が設けられ、権利者の生産能力を超える分の一部も賠償額に加えられるよう、推定規定が見直された。

かみ砕くと、侵害された側が受け取れる賠償の上限が引き上げられ、算定も権利者に有利になった、ということだ。差し止め・保管・推定・賠償——訴訟のあらゆる局面で、権利者が有利になるよう設計されている。

この4つを並べると、法律の重心がはっきりする。守りを固めているのは国境ではなく、育成者権そのものだ。海外流出防止は目的の一つではあるが、それ以上に「育成者権という財産を、あらゆる面で強くする」法律だと読める。


この8年で、タネに何が起きてきたか

今回の改正を一回きりの出来事として見ると、本質を見失う。これは、8年前から続く一本の流れの、最新の一手だからだ。時系列で並べてみる。

時期 出来事 方向
2017年成立
2018年4月廃止
主要農作物種子法の廃止。コメ・麦・大豆の公的種子供給の根拠法がなくなる 公共性を外す
2020年成立
2022年全面施行
種苗法改正。登録品種の自家増殖に、育成者の許諾が必要な制度へ 権利を強める
2026年成立 種苗法再改正。独占期間10年延長、出願段階の差し止め、保管も侵害に 権利をさらに強める

2017年:種子法廃止という「入口」

始まりは種子法の廃止だ。主要農作物種子法は、戦後まもない1952年に作られ、コメ・麦・大豆という主食の種子を、都道府県が公費で開発・供給することを義務づけていた。タネは食料の土台であり、公共財だ——それがこの法律の思想だった。

この法律が、2016年10月の規制改革推進会議の議論を起点に、廃止へと動く。廃止の理由は「行政による種子供給が、民間の品種開発意欲を阻害している」というものだった。公的な供給が、民間ビジネスの参入を妨げている、という論理である。

そして2018年4月1日、種子法は廃止された。主食のタネを公費で守るという、66年続いた仕組みの根拠が消えた。

この廃止をめぐっては、賛否がはっきり分かれた。推進する側の言い分はこうだ。都道府県が安く種子を供給しているために、民間企業が価格で太刀打ちできず、品種開発に参入できない。行政の独占をやめれば、多様なニーズに応える多彩な種子が民間から生まれる——農水省もそう説明した。市場競争が品種を豊かにする、という考え方である。

一方、慎重派はこう懸念した。主食の種子が民間に委ねられれば、いずれ価格は上がり、供給は企業の都合に左右される。海外の巨大種子企業が日本の主食のタネを握るリスクもある。公共財を市場に開くことは、食料安全保障を手放すことではないか——。この対立は、今も決着していない。

各地の道県が「種子条例」で自衛した

ここで見逃せない動きがある。種子法が廃止された後、農業が基幹産業の自治体が、次々と独自の「種子条例」を作り始めたのだ。

2018年4月、種子法廃止と同じ日に、新潟・兵庫・埼玉が種子条例を施行。その後も広がり、2021年までに北海道と27県、現在では30を超える道県が種子条例を整備している。国が公的供給の根拠法を手放した後、地方が「これでは主食のタネが守れない」と判断し、自前で穴を埋めにいった——そう読める動きだ。国の政策の方向と、現場の危機感の間に、ずれがあったことを示している。

2020年:自家増殖に「許諾」が要るようになった

次の一手が、2020年の種苗法改正だ。農家が収穫物からタネや苗を採って翌年また使う「自家増殖」について、登録品種であれば育成者の許諾が必要になった。2022年に全面施行されている。

この改正は、大きな騒動を呼んだ。それを次章で見る。


この改正は、輸出戦略として機能するのか

政府が描く「攻めの農業」の一手

種苗法の強化は、単独の政策ではない。政府は農産物・食品の輸出額を大きく伸ばす目標を掲げており、高付加価値な国産フルーツは、その柱の一つだ。育成者権を固めることは、この「攻めの農業」「輸出立国」という大きな絵の中の一手として位置づけられている。

実際、シャインマスカットのような品種は、うまく管理できれば強力な輸出商品になる。ブランドを守り、正規のライセンスで海外栽培をコントロールできれば、日本の農業は「モノを売る」から「品種で稼ぐ」段階へ進める。今回の改正には、その入り口を作る狙いがある。

ただし、法律だけでは守れない

だが、ここに現実的な限界がある。どれほど国内法を強化しても、日本の法律の効力は日本国内にしか及ばない。中国や東南アジアでの無断栽培を止めるには、結局その国で品種登録し、その国の司法で争うしかない。国内の権利をいくら固めても、国境の外では別の戦いが必要になる。

そして逆輸入のリスクは、すでに現実だ。中国産の安価なシャインマスカットが、東南アジア市場で日本産と競合し、価格を押し下げている。今回の改正で「次のシャイン」の国内権利は固くなるが、海外での実効的な保護と、各国での登録を急ぐ体制がなければ、同じ失敗は繰り返されかねない。法律の強化は必要条件ではあっても、十分条件ではない。


2020年の「自家採種禁止」騒動は、何が誤解だったのか

柴咲コウさんの投稿から広がった不安

2020年の改正時、俳優の柴咲コウさんがSNSで法案に懸念を示した。これをきっかけに「種苗法が変わると自家採種が禁止され、農家が窮地に陥る」という不安が一気に拡散した。当時、多くの人が「日本の農家が種を採れなくなる」と受け止めた。

これに対し農水省は、「それは誤解だ」と反論した。誤解が解ければ反対する理由はないのでは、とまで述べている。では、何が誤解だったのか。

鍵は「登録品種」と「一般品種」の区別

ここが、種苗法を理解する上で最も重要な一点だ。農作物の品種には、大きく2種類ある。

種類 中身 自家増殖
登録品種 育成者が新たに開発し登録した品種(シャインマスカット等)。全体の約1割 許諾が必要
一般品種 在来種、品種登録されていない従来品種、登録期間が切れた品種。全体の約8〜9割 従来通り自由

規制の対象になるのは登録品種だけで、市場の8〜9割を占める在来種や一般品種は、これまで通り自由に自家増殖できる。「すべての農家が種を採れなくなる」というのは、確かに事実ではなかった。この点では、農水省の「誤解」という説明は正しい。

だが、不安には理由もあった

ただ、不安が完全に的外れだったかというと、そうも言い切れない。自家増殖に育成者権が及ぶ植物の種類は、1998年の23種から2020年には396種へと、20年あまりで大きく増えていた。ありふれた野菜も、少しずつ対象に入ってきていた。

登録品種は今は1割でも、新品種が登録されるたびに、その割合は増えていく。「今は自由な一般品種も、いずれ登録品種に置き換わっていくのではないか」という長期的な懸念は、単なるデマとは言い切れない。誤解された部分と、理のある部分が、混ざっていたのだ。

「デマ」で片づけると、見えなくなるもの

2020年の騒動の後、この件は「芸能人が広めたデマ」として語られがちになった。確かに「すべての農家が種を採れなくなる」は不正確だった。だが、その総括だけで終わらせると、大事な論点が見えなくなる。

本当に問うべきだったのは、「今すぐ全部が禁止されるか」ではなく、「タネの権利を年々強めていく方向は、この国の農業にとって正しいのか」という、もっと長い時間軸の話だった。デマかどうかの言い争いに議論が吸い込まれ、方向性そのものの是非は、深く問われないまま2022年の全面施行を迎えた。

そして今回の2026年改正は、その2020年改正の延長線上で、権利をさらに一段強めた。あの時「誤解だ」で幕引きされた議論は、実は終わっていなかったのだ。


良くなったのか、悪くなったのか──6項目で並べる

ここまでの流れを、「良くなった面」と「留保すべき面」に分けて一覧にする。この記事の骨にあたる表だ。

論点 良くなった/評価できる面 留保すべき面
海外流出対策 出願段階から輸出差し止めが可能に。「次のシャイン」を守れる 流出済み品種には遡及できず、シャイン自身は救えない
登録前の空白 3〜6年の審査期間中の流出リスクを塞げる 正式な権利発生前から権利者を保護する前倒し
育種の投資回収 独占40年で開発費を回収しやすく、育種の意欲を保てる 独占期間が長いほど、農家の許諾料負担も長期化する
民間参入 権利が固いほど、民間企業が品種開発に参入しやすい 主食のタネが公共財から民間ビジネスへ傾く
公的種子供給 30超の道県が種子条例で供給を維持 国の根拠法(種子法)は消えたまま、地方頼み
農家への影響 在来種・一般品種(8〜9割)の自家増殖は自由なまま 登録品種の割合は年々増加。長期の負担増は否めない

この表を眺めて分かるのは、「良い/悪い」で単純に割り切れないということだ。海外流出を防ぎ、育種を守るという方向は正しい。だが同じ動きが、タネを公共財からビジネスへと移し、農家の長期負担を積み上げる面も持っている。同じコインの裏表なのだ。


守られているのは、農家か、それとも育種ビジネスか

最後に、この8年の流れ全体を、一つの問いにまとめたい。守られているのは、誰なのか。

まず、この改正を支持する側の言い分を、できる限り強い形で置いておきたい。彼らはこう言うだろう。新品種を1つ生み出すには10年から20年、莫大な費用と労力がかかる。その成果が無断で海外に流され、逆輸入で日本の市場まで脅かされる現状を放置すれば、誰も新品種を作らなくなる。育成者権を強く長くすることは、育種家という「タネの作り手」への正当な報酬であり、それが巡り巡って日本の農業の競争力を支える——と。

この論理には、確かに説得力がある。知的財産を守らなければ創作は続かない、という考え方は、特許でも著作権でも共通の原則だ。タネだけを例外にする理由はない、という主張は、正面から反論しにくい。

「農家を守る」という説明も、半分正しい。日本の育種力が海外に流出し続ければ、いずれ日本の農業そのものが競争力を失う。育成者権を固め、開発の意欲を保つことは、長い目で見れば農家の利益にもなる。この理屈に、嘘はない。

だが、もう半分の景色もある。種子法を廃止し、公的供給の根拠を外し、自家増殖に許諾を求め、独占を40年に延ばす——この8年の一手一手は、「タネを公共財として国民が共有する」仕組みから、「タネを知的財産として権利者が独占する」仕組みへの、静かな移行でもあった。守られているのは、農家という職業であると同時に、育種というビジネスであり、そこに参入する民間企業だ。

特に見落とせないのは、「作り手」と「使い手」が必ずしも一致しないことだ。育成者権を持つのは、大学、公的研究機関、そして種苗会社である。多くの農家は、その品種を「使う」側、つまり許諾料を払う側に回る。育種家への報酬が手厚くなることは、裏側では、それを栽培する農家のコストが増えることを意味する。「農家を守る」と一括りにされるが、守られる農家と負担が増える農家は、必ずしも同じではない。

そして、種子法という公的供給の柱が抜けた穴を、いま埋めているのは30を超える道県の条例だ。国が方向を変え、地方がそれを押し戻そうとする——この綱引きが、主食のタネの足元で続いている。国政の一本の流れと、地方の危機感のずれは、この8年、埋まっていない。

どちらが正しい、という話ではない。食料の土台であるタネを、公共財と見るか、知的財産と見るか。その価値観の選択が、8年かけて、ほとんど議論されないまま進んできた。そして今回も、報じられたのは「海外流出防止」という、誰も反対しない一面だけだった。

いい法律だ、と受け取るのも一つの読み方だ。だが、314万回表示されたあの見出しの裏で、独占が10年延び、権利の網が保管にまで広がり、立証責任が移った——その事実を知った上で判断するのと、知らずに「よかった」と思うのとでは、意味が違う。

あなたにとって、タネは誰のものだろうか。


主要ソース

改正種苗法(2026年)

シャインマスカット流出

種子法廃止と種子条例

2020年改正と「自家採種」議論

関連(当サイト既報)

🌿 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

編集者K

速報より本質。話題のニュースの裏側を裏取りして届ける、一日の最後に読むニュースサイトです。