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福岡県議会のドンは、世界獣医師会の会長でもある──藏内勇夫と「獣医師会利権」。加計学園問題の裏で、獣医学部を52年間つくらせなかった力

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前回、当サイトは福岡県議会の「議長ポスト2750万円」疑惑と、3年で約2.8億円にのぼる公費海外視察を取り上げた。その中心にいたのが、県議会の「ドン」と呼ばれる藏内勇夫議長だ。

だが、この人物の本当の大きさは、福岡の地方政治に収まらない。藏内氏には、もう一つの顔がある。獣医師会の頂点に立つ人物であり、2026年からは世界獣医師会の会長でもある。そして、その獣医師会という組織は、日本の「ある岩盤規制」を長年守ってきた、知る人ぞ知る利権の城でもある。

本稿は、藏内勇夫という一人の人物を通じて、地方政治と獣医師会の利権が、どうつながっているのかを整理する。断定はしない。公表されている情報を並べ、判断は読者に委ねる。

先に、この記事の見取り図を示しておく。福岡のドンという地方の権力、獣医師の数を握る獣医師会の権力、そして世界獣医師会という国際的な地位――この三つが、一人の人物の中でどう結びつき、なぜ長らく検証されずにきたのか。順を追って解いていく。少し遠回りに見えるかもしれないが、そのつながりが見えたとき、前回の2750万円や公費視察のニュースも、まったく違う奥行きを持って見えてくるはずだ。


藏内勇夫とは何者か──二つの顔

まず、人物像を確認しておく。藏内氏は1953年、福岡県筑後市に生まれた。日本大学の農獣医学部を卒業した、獣医師である。この「獣医師」という出発点が、後のすべてにつながっていく。

政治家としては、福岡県議会議員を長年務め、自民党福岡県連の会長も歴任した。麻生太郎氏に近いとされ、県政に絶大な影響力を持つことから「県議会のドン」と呼ばれる。現在は県議会議長の座にある。

一方で、獣医師の世界でも階段を上り続けた。地方の一議員が、いつのまにか国内・アジア・世界の獣医師組織のトップに立っている。この二つの顔を、一枚の表にしておく。

中身
政治の顔 福岡県議会議員・現議長。自民党福岡県連会長を歴任。「県議会のドン」
獣医師会の顔 日本獣医師会会長、アジア獣医師会連合会長を経て、世界獣医師会会長

地方政治のドンであると同時に、獣医師という職業団体の世界的トップ。この二つが一人の中で重なっているところに、この人物の特異さがある。

ふつう、この二つは別々の人が担うものだ。政治家は政治を、職業団体の長はその団体を。ところが藏内氏は、その両方の頂点を、同時に握っている。獣医師という職業の利害を代表する立場と、その利害を政治に反映させる立場が、一人の人物の中でつながっている。この「つながり」こそが、彼の力の源泉であり、同時に、この記事が注目する理由でもある。政治と業界の間にあるはずの距離が、ここでは、ほとんどゼロなのだ。


地方から、世界へ──獣医師会の階段

藏内氏が獣医師組織を上っていった道のりは、着実そのものだ。時系列で追う。

時期 役職
2013年6月 日本獣医師会 会長に就任(以降、長期にわたり在任)
2022年11月 アジア獣医師会連合(FAVA)会長に就任(〜2024年)
2024年3月 世界獣医師会(WVA)の次期会長に当選。4人の候補から選ばれ、日本人初
2026年4月 東京国際フォーラムでの総会で、世界獣医師会 会長に就任。任期2年

日本の獣医師会を13年、アジアを経て、世界の頂点へ。世界獣医師会の会長に日本人が就くのは、初めてのことだ。肩書きだけを見れば、これは名誉ある国際的キャリアであり、それ自体を否定する理由はない。掲げる理念は「ワンヘルス」――人と動物と環境の健康を一体で守る、という考え方である。

注目すべきは、この階段の上り方だ。国内組織のトップを長く務め、その足場からアジアの連合の会長になり、さらに世界の会長へ。一段ずつ、組織の中枢を押さえながら上がっていくやり方は、地方議会で「ドン」へと上り詰めていく過程と、驚くほどよく似ている。組織を掌握し、人事と票を握り、頂点に立つ。政治の世界で培った手法を、獣医師会という別の世界でも発揮してきた――そう見ることもできる。

13年という在任の長さも、見逃せない。会長の座に長くとどまるほど、組織の隅々まで自分の影響力が行き渡る。役員人事も、方針決定も、その一人を軸に回るようになる。長期政権が、内部のチェックを効きにくくするのは、県政でも、団体でも、変わらない。


公費海外視察と、世界への階段の「重なり」

ここで、前回の記事とつながる論点が出てくる。藏内氏が議長を務める福岡県議会は、過去3年で25回、総額約2.8億円もの公費海外視察を行っていた。昨年のハワイ視察では、議員一人あたり約300万円がかかっている。批判に対し、議長は「必要な視察は行う」と述べ、記者会見で「”海外旅行”は続けます」と言い間違える一幕もあった。

その同じ人物が、FAVA会長、そして世界獣医師会の次期会長として、国際的な活動と渡航を重ねてきた。「公費で海外へ出る立場」と「世界の獣医師組織のトップを目指す立場」が、一人の中で同時に走っていたことになる。

ここは慎重に書く。特定の公費視察が、そのまま世界獣医師会の選挙運動に使われた、と断定できる報道は確認できていない。だが、公費で海外に出る機会に積極的な議長が、並行して国際組織のトップの座を追っていた――その構図が重なって見えること自体は、事実として指摘できる。判断の材料として、ここに置いておく。

国際組織のトップを目指すには、各国の関係者との会合や国際会議への出席が欠かせない。人脈づくりと、票の取りまとめが要る。それは、まさに「海外へ何度も足を運ぶ」活動だ。だからこそ、有権者としては、こう問う権利がある。県議会の公費で行く海外視察と、獣医師としての国際活動は、どこまできれいに分かれていたのか。県民の税金は、県民のための視察だけに使われたのか。この問いは、視察の中身を一件ずつ公開して、初めて検証できる。

前回の記事で見たとおり、福岡県議会の海外視察は、報告書が「あれで十分」とされるほど中身の薄いものだった、という批判が出ていた。中身が乏しい視察に、一人300万円。その不透明さと、議長が国際的な地位を追っていた事実を重ねると、県民が「本当に県のための視察だったのか」と疑うのは、ごく自然なことだろう。


もう一つの顔の正体──獣医師会は「数を握る力」を持つ

では、藏内氏が長年トップに立つ日本獣医師会とは、どういう組織なのか。ここからが、この記事の本丸だ。

職業団体には、しばしば「数を絞ることで、価値を守る」という共通の性質がある。その職業になれる人を少なく保てば、一人あたりの希少性が上がり、報酬や地位が守られる。医師、弁護士、そして獣医師――専門職の団体は、多かれ少なかれ、この誘惑と隣り合わせだ。

獣医師の場合、その「数」を左右する最大の蛇口が、獣医学部の新設と定員である。大学に獣医学部が増え、定員が広がれば、新しい獣医師がどんどん生まれる。逆に、新設を止め、定員を抑えれば、獣医師の数は絞られたままになる。

ここで、驚くべき事実がある。日本では、1966年から約52年間、獣医学部の新設が一つも認められなかった。半世紀にわたって、獣医師を養成する大学の「入口」は、固く閉じられていた。この長い「新設ゼロ」の壁を守ってきた力の中心に、日本獣医師会があった、と指摘されている。

この「数の抑制」が、実は現場のゆがみを生んでいる、という指摘もある。いまの日本の獣医師は、その多くが犬や猫を診る小動物(ペット)診療に集中している。一方で、牛や豚などを診る産業動物の獣医師や、家畜の伝染病・食の安全を担う公務員獣医師は、慢性的な人手不足だ。

つまり、「獣医師は足りている」という理屈で新設を抑えているあいだに、本当に必要とされる分野の獣医師は、むしろ足りていないという現実がある。数を絞ることは、既存の獣医師の希少性を守る一方で、社会が必要とする獣医療の担い手を細らせている可能性がある。ここが、「参入規制は誰のためのものか」という問いの核心だ。

同じ構造は、実は医師の世界にもある。長年、医学部の定員は厳しく管理され、「医師を増やしすぎるな」という声が、医師の団体からくり返し上がってきた。医師が増えれば医療費が膨らみ、一人あたりの収入も下がる――という理屈だ。地方の医師不足が深刻でも、全体の数はなかなか増やされてこなかった。「専門職の数を、その専門職の団体が実質的に握る」という構図は、獣医師だけの特殊事情ではなく、日本の専門職に共通する、根の深いテーマなのだ。

だからこそ、藏内氏と獣医師会の話は、単なる一業界のゴシップではない。私たちが払う税や医療費、そして「必要な専門家が、必要な場所にいるかどうか」に、直結している。数を握る力は、地味だが、生活の根っこに触れる力である。


加計学園問題の「本当のオチ」──獣医師会の利権闘争

この「新設ゼロ」の壁が、社会の表舞台に引きずり出されたのが、あの加計学園問題だった。

2017年前後、加計学園問題は「安倍首相の友人が優遇されたのではないか」という、首相の縁故をめぐるスキャンダルとして、連日大きく報じられた。だが、その報道の陰で見落とされがちだったのが、問題の“もう一つの本質”だ。

複数のメディアや専門家が指摘したのは、こういう構図である。加計学園問題の実態は、「獣医学部を新設したい側(愛媛県・今治市・加計学園・内閣府)」と、「新規参入を阻みたい側(日本獣医師会・文部科学省)」の、権力闘争だった――と。52年間閉じていた「入口」を、特区制度でこじ開けようとする動きに対し、それを阻もうとする力が働いた、という見方だ。

報じられたところによれば、日本獣医師会会長の藏内勇夫氏と、日本獣医師政治連盟の北村直人委員長は、獣医学部の新設を阻むために、国家戦略特区を担当する地方創生担当大臣だった石破茂氏に働きかけたとされる。そして、その結果として設けられたのが、俗に「石破4条件」と呼ばれる要件だった。

働きかけた側の顔ぶれも、押さえておきたい。日本獣医師政治連盟の北村直人委員長は、自民党の元衆議院議員で、本人も獣医師だ。獣医師であり、政治家であり、政治連盟のトップ――という点で、北村氏もまた、藏内氏とよく似た「政治と業界の両面」を持つ人物である。獣医学部の新設という一点をめぐって、こうした「二つの顔」を持つ実力者たちが、規制を守る側で動いた、とされている。

構図を単純化すれば、「規制を緩めて新規参入を認めたい内閣府・特区推進側」と、「規制を守って参入を阻みたい獣医師会・文科省側」の綱引きだった。加計学園という一つの学校は、その綱引きの、いわば結び目に過ぎない。だが報道は、結び目の一点に群がり、綱を引く両側の力学を、あまり描かなかった。

思い出してほしいのは、当時の報道の量とバランスだ。テレビと新聞は、「首相の関与はあったか」「文書に”総理のご意向”とあったか」という、安倍首相をめぐる縁故疑惑に、圧倒的な時間を割いた。政権を追い詰める材料としては、その方が分かりやすかったからだ。

その一方で、「そもそも、なぜ獣医学部は52年も新設できなかったのか」「その壁を守ってきたのは誰か」という、規制の側の物語は、ほとんど深掘りされなかった。加計学園という一つの学校の是非に議論が吸い込まれ、その背後にある獣医師会の力は、スポットライトの外に置かれた。人物や縁故のスキャンダルは報じやすく、地味な規制の構造は報じられにくい――ここでも、同じ非対称が働いている。


「石破4条件」という壁──新設を事実上ふさぐ装置

石破4条件とは、2015年6月に閣議決定された「日本再興戦略」に盛り込まれた、獣医学部新設のための4つの条件だ。かみ砕くと、次のような内容である。

条件 内容(要約)
既存の獣医師養成でない、新しい分野の具体的な需要があること
ライフサイエンスなど、獣医師の新たな需要が明確であること
既存の大学・学部では対応が困難であること
獣医師の需給の動向を、全国的な見地から考慮すること

言葉だけを読むと、もっともらしい。だが、実務的にこの4つを同時に満たすのは、非常に難しい。「既存では対応できない、まったく新しい需要」を客観的に証明しろ、というハードルは、事実上、新設への高い壁として機能した。

国家戦略特区ワーキンググループの座長を務めた経済学者の八田達夫氏は、この過程を振り返って、「日本獣医師会の政治力のすさまじさを思い知った」という趣旨の証言を残している。規制を動かす現場の当事者が、そう語っているのだ。

結果として、この壁は、一度だけ破られた。2018年4月、加計学園の岡山理科大学獣医学部が、愛媛県今治市に開学した。実に52年ぶりの、獣医学部の新設である。特区制度という「抜け道」を使って、半世紀の岩盤に、一つだけ穴が開いた。

だが、それは同時に、あれほどの政治スキャンダルを引き起こした。首相の縁故が疑われ、国会は紛糾し、関係者は長く追及にさらされた。穴を一つ開けるだけで、これだけの騒動になる――その事実こそ、壁の固さと、それを守る力の強さを、逆説的に物語っている。実際、その後、新たな獣医学部の新設は続いていない。壁は、また静かに閉じたように見える。

ここでも、評価は分かれる。規制を擁護する側は「4条件は適正な歯止めだった」と言い、改革を求める側は「典型的な岩盤規制であり、既得権を守る壁だった」と言う。どちらの言い分にも一理ある。ただ確かなのは、この壁の内側で、獣医師の「数」という蛇口が、長年にわたって固く握られてきた、という事実だ。


政治連盟という装置──献金と、政治への回路

職業団体が政治に影響力を持つとき、その回路になるのが「政治連盟」だ。日本獣医師会にも、日本獣医師政治連盟という組織がある。ここが、政治家への働きかけや献金の窓口になる。

象徴的なのが、加計学園問題で政権を厳しく追及した、当時の民進党・玉木雄一郎氏をめぐる一件だ。玉木氏の政治団体の収支報告書には、日本獣医師政治連盟から100万円の寄付が記録されていた。獣医師会の利権を追及するはずの側にも、獣医師会の政治連盟のお金が流れていた――この「ねじれ」は、当時「ブーメラン」として話題になった。

ここで見えてくるのは、獣医師会が特定の党派の味方ではなく、与野党をまたいで政治に回路を持っていたという構造だ。規制を維持するという一点で、政治連盟は静かに、しかし広く、影響力を及ぼしていた。地方から国政まで、獣医師会の力は張りめぐらされている。

この仕組みは、獣医師会に限った話ではない。医師会、歯科医師会、建設業界、農協――日本の職業団体や業界団体の多くは、それぞれの政治連盟を通じて、選挙の票と資金を政治家に提供する。その見返りに、自分たちに有利な制度や予算を守ってもらう。票とカネで政治を動かし、規制で身内の利益を守る――このサイクルは、日本の政治の、いわば裏の背骨だ。

藏内氏が特異なのは、その職業団体の側のトップと、票をとりまとめる地方政治のドンを、一人で兼ねている点にある。ふつうは「団体が政治家を支える」構図なのに、ここでは団体の頂点と、政治の実力者が、同じ人物なのだ。支える側と支えられる側が一体化したとき、そのチェックは、いっそう効きにくくなる。


この利権で、誰が、どうお金を得るのか

ここで、素朴な疑問に答えておきたい。「そこまでして規制を守って、結局、誰がどう得をするのか。国から、お金が出ているのか」。これは、この問題の核心を突く問いだ。

答えを先に言うと、「規制争いに勝ったご褒美に、国が現金をくれる」という単純な話ではない。もっと間接的で、うまくできた仕組みになっている。お金の流れは、大きく3つのルートに分かれる。

ルート お金の出どころ 誰が得をするか
①数を絞る 飼い主(ペットの自由診療) 既存の獣医師(=会員)
②公的業務の予算 国・自治体(公費) 予算配分に影響力を持つ獣医師会
③票とカネ 会員の会費・献金 支援を受ける政治家

① 一番の実利は「数を絞って、稼ぎを守る」

最大のメリットは、これだ。獣医師が増えれば、競争が激しくなり、収入は下がる。とくにペットの診療は「自由診療」――飼い主が全額を払う世界だ。公定価格がないぶん、獣医師が少ないほど、一人あたりの稼ぎは守られる。獣医学部を52年つくらせなかったことの一番の見返りは、これである。ここで動くのは税金ではなく、飼い主が払うお金だ。数を絞ることは、既存の獣医師=会員の希少性を、そのまま守る。

② 国のお金も、公的業務を通じて絡む

とはいえ、公費もしっかり関わっている。獣医師は、家畜の防疫(伝染病の検査やワクチン)や、と畜検査(食肉の安全チェック)といった、国民の安全に直結する公的業務を担う。ここには当然、国や自治体の予算が投じられる。

いま、この公務員獣医師が、全国の7割にあたる33道県で不足している。そこで農林水産省は、獣医学生への修学資金や、「獣医療提供体制整備推進総合対策事業」といった予算で、確保を図っている。そして獣医師会は、こうした予算を「もっと確保せよ」と国に要望する立場にある。つまり、規制で入口を絞りながら、公費の配分には影響力を及ぼす。ここに、獣医師会が公費の流れに食い込む回路がある。

③ 政治家にとっては「票とカネ」のマシン

そして政治家の側から見れば、全国の獣医師を束ねる獣医師会と政治連盟は、票と献金を供給してくれるマシンだ。実際、日本獣医師政治連盟は、自民党議員への献金を重ねてきたと報じられている。宮路和明衆院議員に100万円、林芳正参院議員に100万円、麻生派のパーティー券を150万円分購入――といった例が挙げられている。

ここで思い出してほしい。藏内氏は、その獣医師会・政治連盟のトップであると同時に、票をとりまとめる地方政治のドンでもある。「票とカネを出す側」と「それで動く政治の実力者」を、一人で兼ねている。会員が払う会費や献金が政治を動かし、政治が規制を守り、その規制が会員の稼ぎを守る――この輪が、ぐるぐると回り続ける。

皮肉なオチ──必要な獣医は、むしろ足りない

最後に、この構造の皮肉を書いておく。数を絞った結果、獣医師は儲かるペット診療に集中し、公費で支えるべき公務員獣医師や、家畜を診る産業動物の獣医師は、むしろ足りていない。国民の食の安全や防疫を担う、本当に必要な獣医が不足しているのに、全体の数は規制で抑えられたままだ。

「獣医師は足りている」という理屈で入口を閉じ、その一方で「公務員獣医が足りない」と言って公費の確保を求める。利権を守る論理と、公益を守るべき現実が、きれいにねじれている。誰が得をしているのかを追うと、この矛盾に行き着く。


公平のために──獣医師会の言い分

ここまで「利権」という強い言葉で見てきたが、公平を期すために、獣医師会の側の言い分も置いておく必要がある。参入規制には、規制する側なりの理屈がある。

獣医師会は、獣医学部の乱立に慎重な理由として、「獣医師の質の維持」や「需給のバランス」を挙げてきた。数だけ増やせば、教育の質が下がり、就職先のない獣医師があふれる、という懸念だ。実際、獣医師の多くは小動物(ペット)診療に集中し、産業動物や公務員獣医師の分野は人手不足だ、という需給のゆがみも指摘される。

つまり、「新設ゼロ」を守ってきた側にも、まったく理屈がないわけではない。問題は、その理屈が本当に公益のためなのか、それとも既存の獣医師の利益を守るための方便なのか――その線引きが、外からは見えにくいことにある。もっともらしい理由の内側に、身内の利益が隠れていないか。そこを疑い、検証するのが、本来はメディアと政治の仕事のはずだ。


ワンヘルスという「看板」と、地元での一体化

藏内氏が掲げる旗印が、「ワンヘルス」だ。人の健康、動物の健康、環境の健康を、一体のものとして守るという考え方で、国際的にも重視されている理念である。世界獣医師会の会長として、これを世界に広げると語っている。

理念そのものは、まっとうだ。感染症の多くは動物由来であり、家畜や野生動物の健康管理は、人間社会の安全に直結する。ワンヘルスの重要性を否定する人は、まずいないだろう。

ただ、注意して見ておきたいことがある。立派な理念は、しばしば権力を束ねる「看板」としても機能する。ワンヘルスの旗のもとで、獣医師会と行政、政治が一体となって動くとき、そこには予算が生まれ、ポストが生まれ、権限が生まれる。地元・福岡は、そのワンヘルス推進の拠点となってきた。理念の正しさと、その理念を掲げる組織の力の集中は、分けて見る必要がある。良い旗を掲げているかどうかと、その旗の下でお金と権力がどう動いているかは、別の問題だからだ。


なぜ、この「利権」は報じられないのか

ここまで読んで、こう思った人もいるだろう。「これだけの構造が、なぜ大きなニュースにならないのか」と。理由は、いくつか考えられる。

第一に、分かりにくいからだ。獣医学部の新設、需給の動向、政治連盟の献金――どれも、パッと見て怒りに火がつくような話ではない。テレビが好むのは、顔のある悪役と、分かりやすい対立だ。制度と規制の話は、視聴率を取れない。

第二に、敵をつくりにくいからだ。獣医師会は、与野党をまたいで政治に回路を持っている。特定の党を叩く材料にはなりにくく、どの陣営にとっても、深追いする動機が乏しい。加計問題が「安倍叩き」の道具として消費され、獣医師会の側が掘られなかったのは、その典型だ。

第三に、身近すぎて、意識されないからだ。私たちはペットの診療で獣医師に世話になっても、その背後に、これほどの政治構造があるとは想像しない。生活に溶け込んだ職業団体の力ほど、見えなくなる。だからこそ、一度立ち止まって、その全体像を眺めてみる価値がある。

そして、いま藏内氏をめぐっては、前回取り上げた2750万円疑惑と公費海外視察という、無視できない話が動いている。地元・福岡で「政治とカネ」の疑惑が問われているその人物が、世界獣医師会の会長という国際的な地位に就いた――この二つが同時に起きているタイミングだからこそ、彼が握る力の全体像を、いま記録しておく意味がある。分かりにくいから、敵をつくりにくいから、身近すぎるから報じられない。そのすべての理由が、逆に「では誰かが書いておくべきだ」という理由にもなる。本稿を書いたのは、そのためだ。


まとめ──一人の人物に、三つの権力が集まっている

藏内勇夫という人物を通して見えてくるのは、一人の中に、性質の違う三つの権力が集まっている、という事実だ。

一つは、福岡県議会のドンとしての地方政治の権力。一つは、獣医師の養成数を左右する獣医師会という供給を握る権力。そしてもう一つが、世界獣医師会の会長という国際的な権威だ。地方の議会、職業団体、国際組織――ふつうは交わらない三つの世界の頂点が、一人の人物の中で結びついている。

これは、それ自体が違法だという話ではない。だが、これだけの力が一点に集まると、それをチェックする目は、届きにくくなる。前回の2750万円疑惑や公費視察の問題も、獣医学部を52年閉ざしてきた壁も、根っこには「大きすぎて誰も検証しない力」という、同じ構造がある。

そして、この構造は、けっして福岡や獣医師会だけの特殊事情ではない。地方には地方のドンがいて、業界には業界の帝王がいる。彼らは、票とカネと規制を握り、その力が大きくなるほど、報道も政治も、正面から切り込みにくくなる。「大きすぎて誰も触れない」という一点で、日本の各地の権力は、静かに守られている。藏内勇夫という人物は、その最も分かりやすい一例に過ぎないのかもしれない。

誤解のないように書いておく。世界獣医師会の会長という地位は、日本人として初めての名誉であり、ワンヘルスという理念そのものは尊いものだ。本稿は、その功績を否定するものではない。問うているのは、功績と、力の集中は別だ、という一点である。立派な肩書きは、それを持つ人の力を検証しなくてよい理由には、ならない。

あなたは、この「三つの権力の集中」を、どう見るだろうか。名誉あるキャリアの積み重ねと見るか、それとも検証されるべき力の偏在と見るか。断定はしない。材料はここに並べた。判断は、読者に委ねたい。


主要ソース

藏内勇夫と世界獣医師会

獣医師会の利権・加計学園・石破4条件

お金の流れ(献金・公費)

公費海外視察(関連・当サイト既報)

🌿 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

編集者K

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