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兵庫県、338億円を「返さず見せかけ」ていた──斎藤知事バッシングの陰で誰も検証しなかった井戸県政のツケ、8月に14年ぶり「起債許可団体」へ

斎藤元彦知事のパワハラ騒動で、兵庫県のニュースは1年以上、ずっとその話題で埋め尽くされてきた。だがその陰で、県民の財布にもっと直接ひびく話が、静かに表に出た。

2026年7月13日、兵庫県は「令和2年度に338億円の県債(地方の借金)を、地方財政法に違反する疑いのある形で処理していた」と公表した。ざっくり言えば、返せるはずのお金を返さず、貯金が多いように見せかけて、県の財政を実際より健康に見せていたという話である。

しかも、その処理が行われたのは前の井戸敏三県政の時代だ。斎藤知事は「前知事の指示だった」と説明している。この記事では、何がどう「まずい」のかを、まず家計にたとえて分かりやすく解いていく。断定はしない。公表された資料を並べ、判断は読者に委ねる。


30秒でわかる──何が起きたのか

細かい話に入る前に、全体像を一枚の表にしておく。

項目 内容
何を 用地取得のための県債490億円のうち、売却済みの土地に対応する338億円を、返さずに全額借り換えた
いつ 処理は令和2年度(2020年)。県が公表したのは2026年7月13日
誰の時代 井戸敏三・前知事の県政下。斎藤知事は「前知事の指示だったと報告を受けている」と説明
なぜ問題 地方財政法に違反する疑い。返済用の貯金を多く見せ、財政の健全度を実際より良く見せた
この先 8月に14年ぶり「起債許可団体」へ。2030年度決算で都道府県初の「早期健全化団体」転落の恐れ

「起債許可団体」も「早期健全化団体」も、聞き慣れない言葉だと思う。あとで順番に説明する。まずは、いちばん大事な「何がまずいのか」から入る。


そもそも何が悪いのか──家計にたとえてみる

県の話だと金額が大きすぎて実感がわかない。そこで、金額を1万分の1に縮めて、ひとつの家計に置き換えてみる。338億円を338万円、490億円を490万円と読み替えてほしい。

状況はこうだ。あなたは将来のために土地を買おうと、銀行から490万円を借りた。その後、事情が変わって土地の一部を売り、338万円が手元に入った。

ここで銀行とのルールは決まっている。「土地を売って入ったお金は、その土地のために借りた借金の返済に使うこと」。これが今回の地方財政法にあたる。

  ルール通りにやると 兵庫県がやったこと
売れて入った338万円 借金の返済に使う 貯金口座に入れたまま残す
490万円の借金 338万円返して、残りは152万円 全額を借り直し(490万円のまま)
通帳の貯金 少ない(返済に使ったから) 多い(返さず残したから)
銀行から見た印象 実態どおり 「貯金たっぷり=健全」に見える

ポイントはいちばん下の行だ。貯金を多く残しておくと、通帳を見た人は「この家は貯金がある。まだ余裕がある」と思う。でも実際は、借金は1円も減っていない。貯金に見えるお金は、本当は返済に回すはずだったお金だ。

つまり、財布の中身は苦しいのに、通帳の見た目だけ健康に整えたということになる。会社が同じことをやれば「粉飾決算」と呼ばれる発想に近い。これが、今回の県の処理の「何が悪いのか」の核心である。

なぜ、そのルールがあるのか。答えはシンプルで、通帳の見た目に人はだまされるからだ。銀行はその通帳を見て「この家はまだ貸しても大丈夫」と追加でお金を貸すかもしれない。家族も「うちはまだ余裕がある」と安心して、支出を続けるかもしれない。

本当は返済に回すはずだったお金を貯金に見せていると、その全員が、間違った前提で判断してしまう。だからこそ「売ったお金は借金の返済に充てる」というルールが決められている。見た目と実態のズレを防ぐための、いわば正直さのルールだ。

今回の兵庫県で起きたのは、この正直さのルールを外れた処理だった、という疑いである。しかも家計と違って、県の場合は「その家族」にあたるのが、560万人の県民全員だという点が重い。


実際の兵庫県で起きたこと

家計のたとえを、そのまま県のスケールに戻す。話の元になったのは、約26年前に兵庫県が発行した「用地先行取得のための県債」490億円だ。将来の道路や公園、学校などに使う土地を、先に買っておくための借金で、返済期限は30年後に設定されていた。

その後、県は平成29年度から令和2年度にかけて、取得していた土地の一部を売却し、あわせて338億円の売却収入を得た。ルール上、この338億円は、対応する県債の返済に充てるべきお金だった。

ところが令和2年度、490億円が満期を迎えたとき、県は338億円を返済せず、490億円をまるごと借り換えた。すでに土地を売ってしまい、返済の財源が手元にあるのに、それを使わなかったのだ。

ニュースはこれを「338億円の地方債を違法に発行した」と伝えている。だが「借り換えたのに、なぜ”発行”なの?」と引っかかった人も多いはずだ。ここを、ほどいておきたい。

「借り換え」とは、古い借金の返済期限が来たときに、返すためのお金を新しい借金で用意することをいう。古い借金を返すために、同じ額の新しい借金をする。だから借り換えは、その時点で「新しい地方債を発行する」ことと同じ意味になる。ニュースの「違法に発行した」は、このとき新しく出した借金(借換債)のことを指している。

では、なぜその発行が違法の疑いなのか。この用地取得のための県債は、法律上「土地を買うため」にしか使えないと決まっている。ところが県の手元には、すでに土地を売って得た338億円があった。返すお金があるのだから、その分は新しく借り直す必要がなかった。必要のない借金を、目的からも外れた形で新たに発行した――だから「違法な発行の疑い」とされているのだ。

整理するとこうなる。返せるのに返さず、返すためと称して不要な借金を新しく起こし、浮いたお金を貯金に残した。ひとつの処理の中に、「違法な発行」と「見せかけ」が同居している。

数字で押さえておくと、全体像はこうなる。

もとの県債
490億円
用地先行取得・30年償還
返すべきだった額
338億円
土地売却で得た収入分
実際にやったこと
全額借換
返さず基金に温存

県の財政課がこの問題を把握したのは、2026年6月。新聞社からの問い合わせがきっかけだったという。長年、県の内部で気づかれないまま──あるいは問題化しないまま──処理が続いていたことになる。


では、どのくらい「悪い」のか──違法性の程度を整理する

「違法」と聞くと、誰かが逮捕されるような重い話を想像しがちだ。だが、ここは冷静に区別しておきたい。ひとくちに「違法」といっても、レベルがある。ニュース解説として、罪の重さを順番に見ていく。

1. 破った法律に、そもそも罰則がない

今回問題になっている地方財政法は、自治体のお金の扱い方の「ルール」を定めた法律だ。そしてこの法律には、違反しても罰金や逮捕といった刑事罰が用意されていない。つまり「守るべきルールだが、破っても刑務所に行く類ではない」性質の違法である。まず、ここが出発点になる。

2. お金は、個人の懐に入っていない

横領(他人のお金を自分のものにすること)とは、決定的に違う点がある。338億円は、誰かの個人口座に消えたわけではない。県の貯金である基金に移されただけだ。県のお金は、県の中にある。だから、刑法の横領罪にはあたらない。

3. 「背任」の立証も、ハードルが高い

では、県に損害を与えた「背任」の罪はどうか。これも成立は難しいとされる。今回の処理は、個人が得をするためではなく、県の財政を保つための行政判断として行われた、とされているからだ。私腹を肥やす目的がない以上、犯罪として立証するハードルは極めて高い、というのが専門家の見方である。

4. そもそも「違法だと気づいていなかった」

県の聞き取りでも、当時の職員は違法だと認識していなかったという(理由は不明とされる)。故意に法を犯した、という構図とも異なる。慣例のなかで、問題と気づかれないまま続いていた可能性が高い。

まとめると、今回の「違法」は、刑事事件として誰かが罰せられる類のものというより、行政上のルールを外れた処理だ。焦点は、ゆがんだ数字を正すこと、なぜ止められなかったかを検証すること、そして政治的・道義的な責任にある。ネット上には「前知事を刑事告発すべきだ」という声もあるが、法律に罰則がない以上、刑事事件として立件されるハードルは高い。

ただし、「軽い違法だから問題ない」という話ではない。罰則がなくても、県の財政の健全度を長年ゆがめ、県民や議会の判断を誤らせた影響は残る。罰の有無と、責任の重さは、別の話だ。

もう一点、公平のために付け加えておく。斎藤知事は当初、この問題で「財政破綻寸前になるおそれ」と強調した。だが、修正が財政に与える実際の影響は「わずか」だとの指摘も専門家から出ており、知事は「真摯に受け止める」と述べている。違法性の程度だけでなく、危機の大きさをめぐっても、見方は分かれている。数字を扱うときこそ、どちらか一方の強い言葉に流されない冷静さがいる。


なぜ隠せたのか──「実質公債費比率」という健康診断

ここで、県の財政の「健康診断の数字」の話をしておきたい。自治体の借金の重さを測る代表的な指標が「実質公債費比率」だ。収入に対して、借金の返済にどれだけ回っているかを示す割合で、高いほど財政は苦しい。

この比率の計算には、返済用の貯金である「県債管理基金」の残高が関わってくる。貯金が多いほど、返済に余力があると見なされ、比率は低く(=健全に)出る。

もう分かると思う。338億円を返済に使わず基金に残したことで、この貯金の残高が実際より多く見え、実質公債費比率が本来より低く、つまり財政が実際より健康に見えていたのだ。家計のたとえの「通帳を厚く見せる」が、県のレベルで起きていた。

なぜ長く表面化しなかったのか。専門家は「低金利の時代は、この手の問題が見えにくかった」と指摘する。金利がほぼゼロなら、借金を借り換えても利払いの負担が軽く、痛みが数字に出にくい。ところが近年の金利上昇で、隠れていた負担が一気に表に出た。加えて、阪神・淡路大震災の復興事業で積み上がった借金という、兵庫県特有の重い前提もある。

もう一つ、この指標の性質も押さえておきたい。実質公債費比率は、単年度ではなく3か年の平均で見る。急に一年だけ悪くなっても、すぐ基準を超えるわけではない。逆に言えば、いったん基準を超えると、簡単には元に戻らない。じわじわ悪化し、じわじわとしか改善しない指標なのだ。だからこそ、見せかけで数年ごまかせても、根っこの借金が減らなければ、いつか必ず表に出る。

兵庫県のケースは、まさにそれが金利上昇という引き金で表に出た形だ。化粧でしのげたのは、あくまで金利が低いあいだだけだった。土台の借金は、その間ずっとそこにあり続けた。


これから何が起きるのか──2つの「転落ライン」

数字を正しく直すと、兵庫県の財政指標は悪化する。ここで冒頭の2つの言葉が効いてくる。自治体の財政には、危険度に応じた「ライン」がある。

段階 基準 意味
起債許可団体 実質公債費比率が18%以上 新しく借金をするのに国の許可が必要になる。兵庫県は8月にこの状態へ(14年ぶり)
早期健全化団体 同じく25%以上 国の管理下で財政を立て直す「要注意」状態。2030年度決算で都道府県初の転落の恐れ
財政再生団体 さらに悪化 かつての夕張市の状態。早期健全化団体は、その一歩手前にあたる

兵庫県は、まず8月に「起債許可団体」へ入ることが確実とされる。実質公債費比率が3か年平均で18%を超えたためだ。新規の県債発行に国のチェックが入るようになり、県は公共投資を約25%削減する案を示している。有識者からは「構造改革が必要」との声が出ている。

さらに深刻なのが、その先の「早期健全化団体」だ。これは北海道夕張市のような「財政再生団体」の一歩手前で、国の管理のもとで立て直しを迫られる状態を指す。もし実現すれば、都道府県として全国で初めてということになる。県は2030年度決算での転落の恐れを認めている。

公共投資の削減は、道路や施設の整備が遅れることを意味する。財政が「要注意」に入れば、県民サービスや将来の増税の議論にもつながりうる。見た目を整えていたツケは、けっきょく県民のところに回ってくる。


「起債許可団体」になると、県民の暮らしはどう変わるのか

「起債許可団体」と言われても、自分の生活に何が起きるのか、ぴんとこない人が多いと思う。ここは冷静に整理しておきたい。まず、この状態になったからといって、明日いきなり税金が上がったり、行政サービスが止まったりするわけではない

起債許可団体は、あくまで「新しく借金をするときに国の許可がいる」という段階だ。夕張市のような財政破綻とは、まだ距離がある。過度に不安をあおる話ではない。

ただし、じわじわ効いてくる影響はある。県は借金を自由に増やせなくなるため、公共投資を約25%削減する案を出している。具体的には、道路や橋、学校、公園といったインフラの新設・更新が後ろ倒しになりやすい。

そして本当に警戒すべきは、その先の「早期健全化団体」だ。ここまで進むと、国の管理のもとで支出の見直しを迫られる。過去に財政再生団体となった夕張市では、住民税や公共料金の引き上げ、公共施設の廃止、職員の大幅削減などが行われた。兵庫県がそこまで行くと決まったわけではないが、「早期健全化団体」はその一歩手前の警告ランプである。

要するに、いま起きているのは「破綻」ではなく「黄信号」だ。だが、その黄信号が、本来はもっと早く点いているはずだったのに、見せかけの数字で長く消されていた──そこが問題の本質だと言える。


井戸県政26年という前提──震災復興と長期政権

この問題を、斎藤知事対井戸前知事という対立の図式だけで見ると、本質を見誤る。背景には、兵庫県という自治体が抱えてきた特殊な事情がある。

兵庫県は、1995年の阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた。その復興のために巨額の県債を発行し、長い年月をかけて返済してきた。今回の財政悪化の要因の一つも、この震災復興に伴う借金の重さだと説明されている。他県にはない、重い前提だ。

そのうえで、井戸敏三氏は2001年から2021年まで、実に5期20年にわたって知事を務めた。長期政権のもとでは、財政運営のやり方が固定化し、内部でチェックが働きにくくなる面がある。今回のような会計処理が、誰にも問題視されないまま続いていたとすれば、それは長期政権の負の側面とも重なる。

朝日新聞の報道によれば、県はこの借り換えについて「違法性の認識はなく、理由も不明」としている。悪意を持って隠したというより、慣例のなかで問題と気づかれないまま続いていた――という可能性もある。だからこそ、外部の専門家による検証で、何が起きていたのかを解き明かす必要がある。


「井戸前知事の指示」と、斎藤知事の微妙な立ち位置

この問題には、政治的にデリケートな側面がある。処理が行われたのは井戸前知事の時代だが、それを公表し「膿を出し切る」と語っているのは、いま矢面に立ってきた斎藤知事だからだ。

斎藤知事は記者団に対し、「当時の(井戸敏三)知事から、全額借り換えと県債管理基金の残高確保の指示があり、それに基づいて実施したと報告を受けている」と説明した。地方財政法違反の可能性については「大変遺憾だ」とし、外部の専門家による検証を行う考えを示している。

一方で、注意して見ておきたい点もある。斎藤知事は今年5月の段階では、財政運営の検討会で井戸氏ら過去の意思決定者に直接聴取することについて「あまり考えられない」との見方を示していた。前知事の指示だと説明しながら、その本人に正面から事情を聴くことには、当初は消極的だったことになる。

井戸前知事の側が、この「指示」の説明にどう反論しているのかは、現時点の報道では確認できていない。「指示があった」というのは、あくまで斎藤知事が受けた報告に基づく説明であり、井戸氏本人が認めた事実として確定しているわけではない。この点は、断定を避けて見ておく必要がある。


「膿を出し切る」という公表を、どう読むか

今回、この問題を世に出したのは、県自身の発表という形をとった斎藤知事だ。知事は「膿を出し切る」と語っている。この「公表」という判断は、二通りの読み方ができる。

一つは、前向きな評価だ。前の県政から続いていた不透明な処理を、自分の代で表に出し、正そうとしている。誰も触りたがらない古い問題に手を入れるのは、それなりの覚悟がいる。長く隠れていたものを明るみに出した点は、評価されてよい――という見方である。

もう一つは、より慎重な読み方だ。斎藤知事にとって、この問題の「原因は前知事にある」という構図は、政治的に都合がよい面もある。自身のパワハラ騒動で守勢に立たされてきた知事にとって、「本当に問題なのは井戸県政のツケだ」という物語は、風向きを変える材料になりうる。公表のタイミングや語り口には、そうした計算が入っていないか――と見る人もいるだろう。

どちらが正しいかを、当サイトは決めない。ただ、両方の可能性を頭に置いておくことは、この問題を冷静に見るうえで役に立つ。大切なのは、公表した人物の動機の善悪よりも、公表された中身が事実かどうか、そして再発を防げるかどうかだ。そこは、外部検証と、その後の県政運営で見極めるしかない。


よくある疑問に、短く答える

この話は言葉が難しく、疑問がわきやすい。代表的なものに、短く答えておく。

Q. 338億円が、どこかに消えたのか?

いいえ。お金が横領されたり、消えたりした話ではない。返済に使うべきお金を返済に使わず、貯金として残し、数字の見た目を良くした――という「処理のしかた」の問題だ。着服の疑惑とは種類が違う。

Q. 違法なら、誰かが逮捕されるのか?

地方財政法違反の疑いといっても、ただちに個人が刑事罰に問われるとは限らない。主眼は、ゆがんだ財政指標を正しく直し、再発を防ぐことにある。ただし、誰の判断で、なぜこの処理が続いたのか――責任の所在は、これからの外部検証の焦点になる。

Q. 県民の税金は上がるのか?

いま決まっているのは公共投資の削減であって、増税ではない。ただ、財政の「要注意」段階が進めば、将来の負担のあり方が議論の対象になる可能性はある。現時点で「増税が決まった」という事実はない。

Q. 結局、悪いのは井戸氏か、斎藤氏か?

処理が行われたのは井戸県政下だが、指示の有無や経緯はまだ検証中だ。公表したのは斎藤知事だが、その斎藤知事も当初は前知事らへの聴取に消極的だった。単純にどちらか一方が「悪」と決めつけられる段階ではない。


なぜ、今まで報じられなかったのか

いちばん引っかかるのは、これほど県民に関わる話が、なぜこのタイミングまで大きく扱われてこなかったのか、という点だ。

この1年、兵庫県のニュースといえば、斎藤知事のパワハラ疑惑、内部告発文書、百条委員会、そして知事選と再選──いわば「斎藤知事をめぐる騒動」で埋め尽くされてきた。テレビもネットも、その賛否で盛り上がり続けた。

その間、井戸県政26年の財政運営そのものを、腰を据えて検証する報道は多くなかった。338億円の処理が明るみに出たのも、県の自発的な発表ではなく、一社の新聞の問い合わせがきっかけだった。人物の善悪をめぐる分かりやすい騒動に注目が集まるほど、地味で複雑な「お金の仕組み」の話は後回しにされる。今回の件は、その典型に見える。

ネット上では「前知事を刑事告発すべきだ」といった強い声や、様々な憶測も飛び交っている。ただ本稿は、そうした憶測には踏み込まない。確定しているのは、県が違法の疑いを自ら認め、財政が2つの転落ラインに近づいている、という事実である。責任の所在や政治的な背景の評価は、これからの検証と、読者一人ひとりの判断に委ねたい。

もう一つ、見過ごせないのが、内部のチェック機能だ。26年もの間、この処理は県の内部でも、議会でも、監査でも、大きく問題視されなかった。把握のきっかけが、県の自己点検ではなく一社の新聞の問い合わせだったという事実は、チェック機能がどこまで働いていたのかという問いを残す。人を責める前に、仕組みが機能していたのかを見る必要がある。


これは、兵庫だけの話なのか

最後に、少し視野を広げておきたい。今回の問題を「兵庫県の、井戸県政の、特殊な失敗」として片づけてよいのか、という点だ。

専門家が指摘するように、この種の処理は「低金利の時代には見えにくかった」。裏を返せば、金利がほぼゼロだった長い期間、全国の自治体は、借金の痛みを数字に感じにくい環境にいた。兵庫県のように、返済を先送りして貯金の見た目を保つ誘惑は、どの自治体にもありえたはずだ。

もちろん、他県が同じことをやっていたという証拠はない。ここで他の自治体を名指しするのは、根拠のない憶測になる。だが、金利が上がり始めたいま、「見た目を整えていた数字が、実態とずれていないか」を点検すべきなのは、兵庫県だけではない――という一般的な教訓は、引き出しておいてよいだろう。

兵庫の338億円は、たまたま新聞の問い合わせで表に出た。表に出ていない同種の話が、どこにもないと言い切れる人は、おそらくいない。今回の件は、一つの県の失敗であると同時に、低金利という長い麻酔から覚めつつある日本の自治体財政の、最初の警告音なのかもしれない。


これから注目すべき、3つのこと

この問題は、まだ入口に立ったばかりだ。今後どこを見ておけばいいのか、3つに絞っておく。

第一に、外部専門家による検証の結論。斎藤知事は外部の専門家に検証を依頼するとしている。焦点は、この借り換えが「誰の、どんな判断で」行われたのか、そして本当に地方財政法違反にあたるのか、という点だ。「前知事の指示」という説明が裏づけられるのか、あるいは別の経緯が出てくるのか。ここで責任の所在が、初めて客観的に見えてくる。

第二に、8月の正式な指定と、削減策の中身。兵庫県は8月に「起債許可団体」へ正式に入る見通しだ。それに合わせて、公共投資の削減案が具体化する。どの事業が止まり、どの地域が影響を受けるのか。県民にとっては、ここがいちばん生活に近い部分になる。

第三に、2030年度に向けた、転落回避の道筋。都道府県初の「早期健全化団体」を避けられるかどうかは、この数年の運営にかかっている。検討会の試算では、投資を2割減らせば2050年代に脱却できるとされる。長い時間をかけた立て直しになる。派手さはないが、県の将来を左右するのはこの地味な積み重ねだ。


立て直せるのか──「大阪」という先例

兵庫の状況は厳しい。だが、財政の危機から這い上がった自治体がないわけではない。すぐ隣の大阪府が、その一例だ。

2008年、知事に就任した橋下徹氏は、就任初日に「財政非常事態宣言」を出した。当時の大阪府は、借金返済のための貯金にすら手をつけないと予算が組めない、という状態だった。橋下氏は、その窮状を隠すのではなく、まず公にさらした。

そこから始まったのが、痛みを伴う歳出削減だ。3年間で約2441億円を削減。府の施設の廃止・見直し、出資法人の統廃合、知事給料3割カットに退職金5割減、さらに職員給与のカットにまで踏み込んだ。府民サービスの削減には強い批判もあり、決して手放しで称賛できる改革ではなかった。

それでも、その後の府市連携による改革の継続もあって、大阪府の財政指標は徐々に改善していった。ここで注目したいのが、借金の返済に備える「減債基金」を、2024年度までに正規の形で立て直すめどが立った、という点だ。兵庫が”見せかけ”で厚く見せようとしたのと同じ種類の基金を、大阪は痛みを引き受けて、正攻法で復元させたことになる。

どのくらい改善したのか。象徴的なのが「将来負担比率」――財政の規模に対して、将来返すべき借金がどれだけ重いかを示す指標だ。大阪府はこの数字が、かつて全国の都道府県で最下位だった。それが、改革を経て13位前後、ほぼ全国平均の水準まで戻したとされる。最下位から、真ん中へ。派手ではないが、順位で見れば、その回復は大きい。

ただし、正確を期して付け加えておく。これは「借金の総額が劇的に減った」という話とは少し違う。府の借金の多くは、国が実質的に返済を裏づける「臨時財政対策債」で占められており、単純な残高だけを比べるのは公平ではない。大阪の成果は、総額そのものより、返済の備えを立て直し、健全度の指標を平均並みへ戻したことにある。魔法ではなく、地道な体質改善だったと見るのが正確だ。

もっとも、これは十数年がかりの話だ。橋下氏の任期中も、府全体の借金残高そのものは、しばらく増え続けた。魔法のような一発逆転ではない。歳出を削り、時間をかけ、複数の代にわたって積み上げた結果である。

兵庫への示唆は、はっきりしている。財政は、見た目をごまかしても立て直らない。危機を認め、痛みを引き受け、時間をかけて返していくしかない。大阪の十数年は、その地味な事実を証明している。見せかけで数字を整えることと、正面から立て直すこと。同じ「基金」をめぐって、兵庫と大阪は正反対の道を歩んだ。


斎藤知事は「大阪モデル」を、兵庫でやろうとしているのか

ここで、一つの視点を提示しておきたい。なぜ斎藤知事は、いま井戸県政の財政問題を、自ら「膿を出し切る」と公表したのか。その答えの一端は、知事自身の経歴にある。

斎藤知事は、東京大学を出て総務省に入った、財政の専門家だ。そして2018年から2020年までの3年間、大阪府の財務部で「財政課長」を務めていた。ちょうど、松井一郎氏や吉村洋文氏が率いる大阪維新の府政が「身を切る改革」を進めていた時期である。斎藤知事は、その財政運営の実務を、現場の要として支えた人物だ。

つまり斎藤知事は、大阪が財政危機からどう這い上がったかを、外から眺めていたのではない。内側で、数字を扱う立場から見ていた。2021年に兵庫県知事へ当選したときも、大阪以外で初めての「維新系知事」として注目された。彼の土台は、大阪維新の財政ラインそのものだと言っていい。

そう考えると、今回の動きは、一本の線でつながって見えてくる。危機を包み隠さず公にし、「前の県政のツケだ」と原因をはっきりさせ、そこから歳出削減=身を切る改革へ持っていく。これは、2008年に橋下徹氏が就任初日に「財政非常事態宣言」を出し、痛みを伴う削減へ踏み込んだ、あの大阪の型と、驚くほどよく似ている。斎藤知事は、自分が現場で見てきた「大阪モデル」を、いま兵庫で再現しようとしているのではないか――そう読むことは、十分にできる。

前向きに見れば

この見立てには、二通りの評価がありうる。前向きに見れば、財政再建の実務を知る知事が、古い県政のツケを直視し、正攻法で立て直そうとしている、ということになる。大阪という成功に近い先例を、自分の手で経験している。数字のごまかしを暴いて表に出したこと自体は、方向として正しい。頼もしいリーダーシップだ、という評価はありうる。

慎重に見れば

一方で、慎重に見る余地もある。「財政危機」と「前知事の責任」を強調することは、これから県民に痛みを求める改革にとって、強力な追い風になる。自身のパワハラ騒動で守勢に立たされてきた知事にとって、政治的にも都合がよい構図だ。

実際、前の章で触れたように、今回の修正が財政に与える実際の影響は「わずか」だという専門家の指摘もある。にもかかわらず「財政破綻寸前」という強い言葉が使われた。改革の必要性を訴えるために、危機がやや大きく語られていないか――そう問う視点も残る。危機を強調して改革を通すという手法は、大阪でも「不安をあおっている」と批判されてきた側面がある。

どちらの読みが当たっているかは、これからの県政運営が答えを出す。ただ、今回の338億円という数字を、単発のスキャンダルとしてではなく、「大阪モデルを志向する知事による、財政再建の号砲」として見ると、この問題の意味は変わってくる。これは井戸県政の過去の話であると同時に、斎藤県政のこれからの話でもある。前知事のツケという「入口」の先に、身を切る改革という「出口」が用意されているのだとすれば、県民が本当に見るべきなのは、その出口で何が削られ、誰が負担するのか、という部分だろう。


まとめ──「見た目」を整えたツケは、県民に回る

今回の話を一言でまとめれば、こうなる。返せるお金を返さず、貯金を厚く見せて、財政を実際より健康に見せていた。その化粧が、金利上昇ではがれた。

難しい言葉が並ぶニュースだが、根っこは家計と同じだ。通帳の数字をよく見せても、借金は消えない。むしろ、見た目を整えている間に、問題は静かに大きくなる。

兵庫県は、都道府県で初めて「早期健全化団体」に転落するかどうかの瀬戸際にいる。その原因が、前の県政の「見せかけ」にあったのだとすれば、検証されるべきは知事一人の人柄ではなく、26年分の財政運営そのものだろう。

この1年、私たちはテレビとネットで、一人の知事の言動をめぐる賛否を延々と見せられてきた。その分かりやすい対立に時間を使っている間に、560万人の暮らしを左右する財政の数字は、ほとんど点検されないままだった。人物の善悪はニュースになりやすく、お金の仕組みはなりにくい。今回の件は、その落差そのものを映し出している。

難しいニュースほど、分かりやすい対立に流れて、本丸が置き去りになる。だからこそ、こういう地味な数字の話を、一度立ち止まって確かめる意味がある。

覚えておきたいのは、たった一つのことだけでいい。「貯金が多いように見える」ことと、「本当に余裕がある」ことは、まったく別だ。家計でも、会社でも、そして県の財政でも、それは同じである。見た目の数字ではなく、借金がちゃんと減っているか。そこを見る目を持つ人が増えれば、こういう「見せかけ」は、もっと早い段階で表に出せるはずだ。

338億円という金額は、あまりに大きくて実感がわかない。だが、やっていたことは、家計の通帳を厚く見せる小細工と、根っこは同じだった。その小さな発想のズレが、県ひとつを都道府県初の財政転落の瀬戸際まで運んだ。数字は、正直に扱わないと、必ずどこかで牙をむく。

あなたは、この問題の責任は、どこにあると考えるだろうか。指示を出したとされる前知事か、長年見逃してきた県の組織か、それとも人物の騒動ばかりを追っていた報道の側か。断定はしない。材料はここに並べた。判断は、読者に委ねたい。


主要ソース

338億円の違法起債の公表

財政指標と「転落ライン」

参考──大阪府の財政再建と斎藤知事の経歴

🌿 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

編集者K

速報より本質。話題のニュースの裏側を裏取りして届ける、一日の最後に読むニュースサイトです。