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国旗損壊罪はなぜ大荒れなのか──提出した2党が採決欠席、高市支持の右派も反対、学者148人が声明。それでも成立しそうな法案の中身

関心度 ★★★★☆ 信頼度 ★★★★☆ 賛否度 ★★★★★

7月9日、参議院内閣委員会で「国旗損壊罪」法案の実質審議が始まった。同じ日に刑事法学者148人が反対声明を出し、美術評論家連盟の有志48人も反対の共同意見を発表。委員会では立憲民主党の塩村あやか議員と自民党の塩崎彰久議員が「そういうことを一言も言っていない」と応酬する場面まであった。Xでは連日この法案がトレンドに入っている。

ところがこの法案、よく見ると構図が異様である。共同提出した4党のうち2党(国民民主・参政)が衆院採決を欠席し、自民党内からは前首相・前外務大臣・高市支持の右派論客までが公然と異を唱え、それでも今国会で成立する公算が大きい。賛成の政党すら足並みが揃わない法案が、なぜ止まらないのか。反対派は何を言っていて、その言い分はどこまで筋が通っているのか。事実を並べて検証する。


30秒でわかる現在地──連立合意から審議入りまで9か月

まず時系列を押さえたい。この法案は高市政権の誕生とセットで動き出している。

時期 出来事
2021年1月26日 自民保守系「保守団結の会」の城内実氏と高市早苗氏(当時前総務相)が下村博文政調会長に国旗損壊罪の議員立法提出を要請、下村氏は了承。しかし提出には至らず
2025年10月20日 自民・維新の連立政権合意書に「国旗損壊罪の制定」が明記される。高市総裁の意向とされ、党内議論はほぼ経ていなかったと報じられる
2025年10月27日 参政党が独自の「日本国国章損壊罪」刑法改正案を参院に提出
2026年6月1日 自民の内閣第一部会と検討PT(座長・松野博一氏)が法案を了承
2026年6月16日 自民・維新・国民民主・参政の4党が共同で衆院に提出
2026年6月26日 日弁連が反対の会長声明
2026年6月30日 衆院本会議で可決。全野党が欠席し、共同提出者の国民民主・参政まで欠席。自民の岩屋毅前外相は棄権
2026年7月9日 参院内閣委で実質審議入り。同日、刑事法学者148人と美術評論家有志48人がそれぞれ反対声明
今後 与党は今国会での成立を目指す。数の上では成立の公算大

提出からわずか2週間で衆院を通過し、審議入りと同じ日に学者・評論家の声明が重なった。スピード審議への危機感が、反対運動を一気に組織化させた格好である。

実はこれ、高市氏の「5年越しの悲願」である

時系列の起点が2021年にあることは、あまり報道されていない。高市氏は総務相を退いた直後の2021年1月、保守系グループ「保守団結の会」の城内実氏とともに下村博文政調会長(当時)へ国旗損壊罪の議員立法を要請し、了承まで取り付けている。このときは提出に至らず立ち消えたが、首相の座に就いた途端、連立合意書という最上位の政治文書に書き込んだ。5年間温め続けた法案ということだ。

だからこそ党内には複雑な空気がある。集英社オンラインは「高市総理の悲願法案」に対して自民党内からも「意味がない」という声があり、水面下でしらけムードが広がっていると報じた。連立合意に書かれてしまった以上、維新も自民議員も正面から潰せない。誰も熱くないのに誰も止めない──悲願法案が持つ独特の力学が、後述する「造反はするが可決はされる」というねじれた採決風景を生んでいる。


法案の中身──「著しく不快・嫌悪の情を催させる方法」で2年以下

法案の骨子はシンプルだ。「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる方法」で公然と日本の国旗を損壊・除去・汚損した者に、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科す。

ここで既存の罪と並べてみると、この法案の位置づけがよく見える。

罪名 守るもの 罰則 ポイント
外国国章損壊罪(刑法92条) 外国の国旗・国章 2年以下または20万円以下 明治から存在。外国政府の請求がなければ起訴できない
器物損壊罪(刑法261条) 他人の物 3年以下または30万円以下等 他人の国旗を壊せば現行法でも処罰できる
国旗損壊罪(新法案) 日本の国旗 2年以下または20万円以下 自分で買った国旗を自分で壊しても対象になり得る

賛成側の論理は「非対称の是正」

推進側の理屈で最も強いのはここだ。日本の刑法は外国の国旗を燃やせば罰するのに、日章旗を燃やしても罰する規定がない。参政党の当初案は「日本国に対して侮辱を加える目的」を要件とし、この非対称を正面から是正するものだった。国のシンボルを守る法が自国にだけ無い状態はおかしい──これ自体は理解しやすい主張である。

ただし条文はねじれている

4党協議の過程で「侮辱の目的」要件は消え、「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる方法」という見る側の感情を基準にした要件に置き換わった。誰がどの程度不快なら「著しく」なのかは条文からは読めない。しかも他人の物を壊す器物損壊罪(3年以下)より刑が軽く、「自分の物を壊した方が罪になる場面がある」という妙な逆転も残った。反対派の批判の多くは、実はこの条文の作りの粗さに集中している。


そもそも日章旗は焼かれているのか──唯一の有名な実例は39年前、しかも有罪になった

この法案を検証する上でいちばん重要なのは「立法事実」、つまり処罰すべき行為が現実にどれだけ起きていて、現行法で本当に対処できないのかという点だ。そして国会審議でも推進側は、国内の日章旗損壊事件の統計を示せていない。

日本で「日の丸を燃やした事件」として誰もが挙げる実例は、事実上ひとつしかない。1987年10月、沖縄国体のソフトボール会場(読谷村)で、地元の知花昌一氏が掲揚中の日の丸を引き降ろして焼いた「沖縄国体日の丸焼却事件」である。沖縄戦の集団自決や読谷村の歴史への思いを背景にした抗議行動だった。

ここで注目すべきは裁判の結末だ。検察は建造物侵入・器物損壊・威力業務妨害で起訴し、1993年3月、那覇地裁は3つの罪すべてを認めて懲役1年・執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。つまり──

推進側に不利な事実

国内最大の実例は、国旗損壊罪がなくても現行法(器物損壊等)で有罪にできた。「処罰の空白」は少なくともこの事件では存在しなかった

推進側に有利な事実

器物損壊で裁けたのは焼かれた日の丸が「他人の物」だったからで、自分で用意した日章旗を公然と燃やす行為は現行法では原則処罰できない。この空白自体は実在する

要するに議論の核心は「自分で買った国旗を自分で燃やす自由を刑罰で奪うべきか」という一点に絞られる。そしてこの行為が国内で頻発しているという統計は、少なくとも公開の国会審議では示されていない。西田昌司氏ら保守側からの「立法事実に疑問」という指摘は、まさにここを突いている。

なお、当時の知花氏の裁判では起訴状の「国旗」という表記をめぐり「日本の国旗は法制化されていない」という訴因不特定の主張まで争われた(国旗国歌法の成立は1999年)。国旗をめぐる法整備が常に一歩ずつ遅れて論争を呼んできた歴史は、今回の法案の背景として知っておいて損はない。東京新聞の取材に対し、知花氏の長男は今回の法案について「国への異論は許さないという戦前と同じ空気」への恐れを語っている。


反対派は何を言っているのか──言い分と、その狙いを検証する

7月9日に出揃った反対声明を、言い分ごとに整理する。

刑事法学者148人(呼びかけ人・松宮孝明立命館大特任教授)

「国旗の定義が漠然かつ不明確」「政治的表現の自由を規制し萎縮させる恐れが強い」「『不快だ』という感情を理由に処罰規定を作ってはならない」。外国国章損壊罪と違い歯止め(外国政府の請求)が無い点も問題視

日弁連(6月26日会長声明)

表現の自由(憲法21条)を侵害するおそれがあるとして法案自体に反対

美術評論家連盟有志48人

国旗は芸術表現の重要な題材であり、芸術と政治的表現の線引きは困難。「創作物は対象外」と報じられても、実際には自主規制と萎縮が広がり、美術館収蔵作品の展示さえ控えられかねない

立憲民主党・塩村あやか議員(7月9日参院内閣委)

「国旗は大切にしている」と前置きした上で、処罰対象が曖昧なため国民が「損壊に当たるのではないか」と萎縮し、国旗に触れること・掲げること自体を控えるようになると指摘。質疑では自民・塩崎彰久議員が塩村氏の発言を要約した内容に「そういうことを一言も言っていない」と反発する応酬に

「意味がわからない」と言われる反対論を、あえて条文に当ててみる

SNSでは「国旗に触るのが怖くなる、は言いがかりだ」という反応が目立つ。確かに条文は「著しく不快・嫌悪の情を催させる方法で公然と損壊・除去・汚損」であり、古くなった国旗を家庭で処分する行為や、通常の取り扱いが処罰される建て付けではない。塩村氏の「触るのが怖い」という表現だけを切り取れば、過剰な不安を煽っていると受け取られても仕方のない面はある。

ただし法律家の懸念はもう一段深いところにある。処罰されるかどうかを最終的に決めるのは裁判所だが、捜査の入口──逮捕・捜索・押収──を決めるのは警察と検察である。「著しく不快」という基準の曖昧な罪が新設されると、デモや抗議活動の現場で国旗が絡んだ瞬間に、有罪にできるかどうかとは無関係に強制捜査の根拠として使える。松宮教授らが「萎縮」と呼んでいるのは、この入口の話だ。ここは「意味がわからない言い分」と切り捨てる前に、条文の粗さの問題として受け止めた方がいい。

では、反対の「目的」は純粋に法理論なのか

一方で、反対運動の側にも政治的な文脈があることは指摘しておく。7月10日には国会前で高市政権に抗議する大規模デモ(主催者発表2万7千人)が開かれ、国旗損壊罪は改憲・安保と並ぶ抗議テーマの一つに組み込まれている。刑事法学者の声明も日弁連声明も、過去の共謀罪・特定秘密保護法の際に反対声明を出したのとほぼ同じ顔ぶれの構図であり、「高市政権の看板法案を止める」という政治闘争の側面があることは否定できない。法理論の批判と政権批判が重なって増幅されているのが現状で、報道各社がどちらの面を切り取るかで記事の印象はまったく変わる。


それより異様なのは身内だ──自民党内から石破・岩屋・西田が反対

野党や学者の反対は想定内としても、この法案は自民党内の反対がはっきり表に出た点で珍しい。

石破茂 前首相

「法理論的に正しくない」と公然と指摘。器物損壊との刑のバランスや立法の必要性に疑問を呈した

岩屋毅 前外務大臣

「必要性がない」「過度な規制につながる」と主張し、6月30日の衆院採決を棄権。国旗尊重の意識は刑罰で強制されるべきではないとの信念を理由に挙げた

西田昌司 参院議員

党内きっての右派論客で、2025年総裁選では高市氏を支持。その西田氏が「立法事実に疑問がある」と反対姿勢。保守側からの反対という点で重い

特に西田氏の存在は、この問題が単純な「保守vsリベラル」ではないことを示している。国旗を大切に思う立場からも、「実際に日章旗が焼かれる事件が国内でどれだけ起きているのか」「症例のない病気に劇薬を処方していないか」という立法事実への疑問は成立する。実際、推進側は立法事実として具体的な損壊事件の統計を示せておらず、国会審議でも野党側が繰り返し追及したのはこの点だった。


提出したのに採決に来なかった2党──国民民主と参政の事情

6月30日の衆院本会議は、共同提出した4党のうち自民と維新だけで可決するという異例の形になった。残る2党はなぜ来なかったのか。

国民民主党──法案ではなく「日程」で欠席

国民民主の古川元久国対委員長は、本会議の設定自体に同意していないことを理由に挙げた。背景にあるのは衆院の議員定数削減をめぐる与野党対立で、日程協議に応じない構えの延長線上での欠席だった。つまり法案の中身に反対したのではなく、国会運営への抗議である。自分たちが提出した法案の採決を、別件の駆け引きのために欠席する──有権者にはなかなか説明のつきにくい行動だ。

参政党──「妥協の産物に成り下がった」不満

参政党はもともとこの罪の言い出しっぺで、2025年10月に単独で刑法改正案を出している。しかし4党協議の過程で「日本国に対して侮辱を加える目的」という要件が消え、感情基準の現行案に変わった。「国家の威信を守る」という当初の理念から離れた妥協案になったことへの不満が欠席の背景と指摘されている。つまり参政党にとって現行案は「生ぬるい」のであり、反対派とは正反対の理由で不満を抱えている。

賛成派の中でさえ「厳しすぎる」と「生ぬるい」が同居している。この法案の合意基盤がいかに薄いかを示すエピソードである。


結局、何をしたら捕まるのか──条文をケースに当てはめてみる

条文の要件は3つ。「公然と」「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる方法で」「損壊・除去・汚損」である。この3要件を身近なケースに当てはめると、この法案の輪郭と曖昧さが同時に見えてくる。

① 自分で買った国旗をデモで燃やす

この法案が想定する本丸。公然性も「著しく不快・嫌悪」も認められやすく、処罰対象になり得る。現行法では自分の物なので原則罰せられない

② 古くなった国旗を家庭で処分する

公然性がなく対象外。「国旗に触るのが怖くなる」という批判に対し、推進側が「通常の取り扱いは処罰されない」と反論する根拠はここ

③ 日の丸デザインのTシャツや旗菓子はどうなる

条文の「国旗」の定義は「社会通念上認められる有体物」。どこまでが「国旗」なのかが条文から読めない──学者声明が「漠然かつ不明確」と批判する核心部分

④ 国旗が燃えるCG映像や美術作品を発表する

「創作物は対象外」と報じられるが条文上の明文はなく、芸術と政治的表現の線引きは困難というのが美術評論家連盟の指摘。2019年あいちトリエンナーレ以降、公立美術館の自主規制は現実に起きており、萎縮は処罰の有無と無関係に進む

⑤ 掲揚されている他人の国旗を引き下ろして燃やす

1987年の沖縄国体事件がこれ。現行法(建造物侵入・器物損壊・威力業務妨害)で有罪にできるため、新法はそもそも不要なケース

こうして並べると、新法が本当に必要なのは①のケースだけであり、②は元から対象外、⑤は現行法で足り、③④は条文の曖昧さがそのまま残る。「潰すべき空白」は狭く、「生まれる曖昧さ」は広い──賛否どちらの立場に立つにせよ、この非対称は条文の事実として指摘できる。


海外では当たり前なのか──「ある国」と「あるけど使わない国」

推進側は「主要国には自国旗を守る法がある」と言い、反対側は「アメリカでは違憲だ」と言う。どちらも事実だが、実際の運用まで見ると景色が変わる。

法規制 実際の運用
アメリカ なし(違憲) 1989年の連邦最高裁判決(テキサス州対ジョンソン)で国旗焼却の処罰は政治的表現の自由の侵害と判断
ドイツ あり(3年以下) 国旗・国歌への公然の侮辱を処罰。ただし2020〜24年に西部で摘発9件、有罪判決は確認されていない。裁判所が表現の自由の側から適用を厳しく絞る
フランス あり(限定的) 刑法433条の5の1。公的行事等の場での国旗の侮辱に限定した罰則
イタリア あり 自国国旗の損壊罪が存在する
日本(現行) 外国旗のみ保護 刑法92条。外国政府の請求が起訴の条件で、乱用への歯止めがある

要するにヨーロッパには確かに国旗保護法があるが、「政治的抗議や芸術表現には適用しない」という司法の歯止めとセットで運用されている。ドイツで有罪がほぼ出ないのはそのためだ。今回の日本の法案には、フランス型の「場面の限定」も、刑法92条型の「請求要件」も、参政党案にあった「目的要件」もない。海外比較は賛成側の根拠にも反対側の根拠にもなる、というのが正確なところである。


結局どう見るか──「国旗を守るか」ではなく「条文が粗いか」の問題

事実を並べた上での整理はこうなる。

第一に、外国旗だけ守られて日章旗が守られていない非対称は事実であり、是正論には理がある。第二に、「著しく不快・嫌悪」という感情基準の条文が漠然としているのも事実であり、法律家の批判は「反日的な言いがかり」では片付かない。高市支持の西田昌司氏まで反対しているのがその証拠だ。第三に、反対運動には政権批判の政治闘争という側面が確かにあり、「純粋な法理論の懸念」として報じるメディアと「左派の抵抗」として扱うSNSの分断が、法案そのものの検証を難しくしている。

本来なら、フランス型に場面を限定するか、参政党の当初案のように目的要件を戻すか、条文を締める修正協議こそが筋だろう。だが野党は審議拒否と欠席で対決姿勢を選び、与党は数で押し切る構えで、条文を良くする方向の議論はほとんど行われていない。「国旗を守るかどうか」の空中戦の裏で、粗い条文だけがそのまま成立に向かっている──これがこの法案の現在地であり、いちばん報道されていない部分だと思う。

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主要ソース

法案の経緯・条文

反対声明・国会質疑

党内の反対・海外比較

立法事実・歴史

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編集者K

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