第1部:誕生 ― 上海金融を支配した浙江財閥

第1部:誕生 ― 上海金融を支配した浙江財閥

#浙江財閥静かなる侵略 #中国影の財閥 #世界経済の闇

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導入 ― 上海に現れた“影のウォール街”

1920年代から30年代にかけて、上海は「東洋のウォール街」と呼ばれた。その中心にいたのが浙江財閥(江浙財閥)と呼ばれる実業家・銀行家ネットワークである。彼らは中国銀行、交通銀行、浙江興業銀行といった金融機関を握り、国民政府と密接な関係を築いた。単なる資本家の集合体ではなく、政治・軍事と結びついた「経済支配構造」として恐れられた。

上海金融界を支配した浙江ネットワーク

浙江財閥の出自は、江蘇・浙江地方の商人や銀行家だった。清末から辛亥革命期にかけて上海に進出し、外国銀行と提携しながら資本を蓄積。彼らは次第に国債引受や軍資金調達を独占する存在となった。

ニューヨーク・タイムズ(1931年)はこう書いている:

「上海の銀行界を牛耳る浙江の資本家は、中国のモルガン財閥に等しい。」

こうした報道は、浙江財閥が国内だけでなく国際的に注目されていたことを示している。

国民政府と資本の癒着

蒋介石政権は軍備拡張や戦争準備のために巨額の資金を必要とした。浙江財閥は国債を引き受け、その見返りに政府の保護や特権を得た。経済と政治の線引きは消え、財閥は「影の政府」とも呼ばれるほどだった。

ある当時の上海紙は皮肉を込めてこう報じた:

「南京に政府があるのは形式にすぎない。真の権力は上海の銀行にある。」

SNSでの議論 ― 歴史ファンの視点

現代のSNSでも浙江財閥はしばしば話題になる。歴史フォーラムRedditではこんな投稿があった。

@HistoryNerd88:「もし1930年代の中国を研究するなら、蒋介石よりも浙江財閥を追うべき。彼らの金の流れが政治を決めていた。」

Twitter(現X)でも、中国近代史を追う研究者がこう呟いている。

@ChinaStudiesProf:「浙江財閥は単なる経済集団ではなく、中国の近代化を牛耳った権力機構だった。今の“経済派閥”論のルーツはここにある。」

影響力と国際社会の視線

当時の上海はイギリス、アメリカ、日本の資本も入り乱れる国際都市だった。浙江財閥は海外銀行との連携で外貨を調達し、政商関係を拡大した。このネットワークは後に「中国経済の影の支配者」と呼ばれ、西洋メディアの関心を集めることになった。

結論 ― 始まりにすぎなかった浙江財閥の物語

1930年代の上海を支配した浙江財閥は、その後の抗日戦争、国共内戦、さらに現代中国の経済ネットワークの源流となる。歴史的には実在したこの勢力が、後世に「世界を牛耳る陰謀論」の材料になるのは必然だった。だがこの時点では、まだ「中国国内の覇者」にすぎなかった。次回は、抗日戦争と国共内戦で浙江財閥がどのように権力を維持し、国際政治に絡んでいったのかを追う。


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