2026年4月、静かに始まった「子ども・子育て支援金」の徴収。政府は「実質的な負担は生じない」と説明し続けたが、その言葉の裏には巧妙な詐術が隠れていた。子どもを持たない人も、高齢者も、全員から強制的に天引きされるこの制度の本質を、5つの切り口から解剖する。
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「負担ゼロ」発言の詐術──政府が使った巧妙なレトリック
「実質的な国民負担は生じない」──岸田前首相はこの言葉を繰り返した。2024年の法案審議中も、メディアから問い詰められても、同じフレーズを繰り返し続けた。しかし、この発言には深刻なごまかしが埋め込まれていた。
政府の説明はこうだ。「歳出改革と賃上げにより、社会保険料の実質的な負担軽減効果が生まれる。その範囲内で支援金を構築するから、トータルでは負担が増えない」。一見もっともらしく聞こえるが、野村総合研究所などの識者はこれを「詭弁」と切り捨てる。
国民負担率は通常、租税と社会保険料の合計を国民所得で割って算出する。「賃上げで分母が増えるから負担率は上がらない」という政府の説明は、この計算式を意図的にねじ曲げたものだ。支援金という新たな徴収項目が追加された事実は変わらない。東京新聞はこれを「ステルス増税」と呼んだ。岸田首相は給与明細への記載についても「検討が必要」と濁し続け、国民が気づかないうちに天引きされることを事実上容認した。
2026年4月からの実際の負担額を見ると、政府が当初示した「月平均450円」は、年収の高い人には大きく過小評価されていた。年収600万円の会社員では月900円超、企業負担と合わせれば1人あたり月1800円以上が新たに消えていく計算になる。しかも2028年には徴収額が1兆円規模になるまで段階的に引き上げられる。
「独身税」の本質──恩恵ゼロの人が払い続ける構造
この制度が「独身税」と呼ばれる理由は明快だ。子ども・子育て支援金は、健康保険に加入するすべての人が支払う義務を負う。独身者、子どものいない夫婦、すでに子育てを終えた世代、75歳以上の後期高齢者まで含めて、例外なく徴収される。
一方で、支援金を財源とする6つの事業の恩恵を受けるのは主に子育て世帯だ。児童手当の拡充、妊婦への給付、「こども誰でも通園制度」など、いずれも子どもがいなければ関係のない給付である。政府は「社会全体で子育てを支えるという考え方だ」と説明するが、これは言い換えれば「子どもを産まない・産めない人の選択や事情を問わず、一律に課金する」ということでもある。
日本の合計特殊出生率は2023年に過去最低の1.20を記録した。少子化の最大の要因として専門家が指摘するのは「未婚化・晩婚化」だ。若者が結婚しない・できない背景には、非正規雇用の拡大、住居費・教育費の高騰、将来への経済的不安がある。その張本人ともいえる「手取りを削る社会保険料の増加」をさらに加速させながら、少子化対策と名乗ることへの矛盾は深い。RKB毎日放送の分析が「支援金の負担増が少子化対策にむしろマイナスになりうる」と指摘したのは、この逆説を突いたものだ。
少子化対策に効果はあるか──「支援」と「対策」は別物だ
フランスとスウェーデンは長らく日本の少子化対策のお手本として引用されてきた。フランスはGDPの3.2%、スウェーデンは3.8%を家族関連給付に充て、かつては出生率を2.0前後まで回復させた。しかし直近の事実がある。フランスの合計特殊出生率は2024年に1.62と過去100年余りで最低を更新した。現金給付中心の「子育て支援」だけでは、少子化の潮流を止められないことが欧州でも証明されつつある。
研究者たちが指摘する少子化の根本原因は、支援金でカバーできる領域の外にある。非正規雇用の構造的拡大、住宅価格の上昇、教育費の重さ、長時間労働文化、女性が仕事と育児を両立しにくい職場環境──これらは「月450円の徴収を再分配する」ことでは解決しない。
山田昌弘・中央大学教授は「日本の少子化の最大要因は未婚化であり、欧米型の子育て支援モデルをそのまま輸入しても効果は限定的」と断言する。子育て支援と少子化対策は似て非なるものだ。すでに子どもを持つ世帯の生活を楽にすることと、これから子どもを持とうとする人を増やすことは、別の問題を解決する別の政策を必要とする。政府はその区別を意図的にあいまいにしたまま、財源だけを確保した。
「上限1兆円」は信用できるか──社会保険料は一度も下がったことがない
政府は「2028年度の支援金総額は約1兆円が上限」と説明している。しかし、この「上限」を担保する法的な歯止めは存在しない。条文上は「支援金の額は毎年度、政令で定める」とあるだけで、引き上げを禁止する規定はどこにもない。
ここで歴史を振り返ると、結論は明白だ。日本の社会保険料は、導入以来、実質的に一度も恒久的な引き下げをされたことがない。健康保険料率は1947年の3.4%から現在の10%へ、介護保険料は2000年の0.6%から現在の1.82%へと上昇し続けた。過去30年で社会保険料の年間負担は約25万円増加し、可処分所得を直接税や消費税を上回るペースで蝕んできた。
「1兆円が上限」という言葉を信じる根拠は、歴史的に見てどこにもない。2040年・2050年に向けて医療・介護費が膨張する中、「子育て支援金」の名目で確立された徴収インフラは、将来の際限ない引き上げのための布石になりうる。
誰が得をするのか──お金の流れの先にいる受益者
年間1兆円規模の新たな資金フローが生まれるとき、必ず恩恵を受ける存在がある。
最も直接的な受益者は、制度を運営するこども家庭庁と各保険者(健保組合・協会けんぽ・市区町村)だ。支援金の徴収・管理には事務コストが発生し、そのシステム整備のために多くのIT企業がすでに動いている。給与計算ソフトのシステム改修需要が全国の企業で発生しており、関連する人事・労務システム市場が特需を享受している。
こども家庭庁は2023年4月に創設されたばかりの新官庁だ。少子化対策の司令塔として予算と権限を拡大し続けており、年間1兆円の安定財源を手にすることで組織の恒久化・肥大化が保証される構図がある。官庁が新たな財源を持つとき、その周辺には必然的に関連団体・補助金事業・委託先が生まれる。
一方で、徴収されながら恩恵を受けにくい層は明確だ。独身の若者・非正規労働者・子育てを終えた中高年・高齢者。皮肉なことに、将来の少子化を解消するために最も必要な存在である「これから結婚・出産を考える若い世代」こそが、賃金が低く負担感が最も重くのしかかる層でもある。
主要参考情報源:
「子育て支援金」の国民負担を「小出し」にする岸田政権(東京新聞)
岸田式「ステルス増税」は子育て支援金だけじゃない(東京新聞)
「実質的な負担なし」の真相は(第一ライフ資産運用経済研究所)
「子ども・子育て支援金」負担増で少子化対策にはむしろマイナス(RKB毎日放送)
「現金ばらまき」では少子化解消されない実態(東洋経済)
なぜ現役世代の社会保険料は上がり続けるのか(第一生命経済研究所)
出生率低下、打開策はあるか(第一ライフ資産運用経済研究所)
少子化対策の財源確保で「国民負担は生じない」との説明は本当か(野村総合研究所)
