小池百合子の生い立ちから現在、そして父小池勇二郎の復讐なのか。。。

2020年4月1日
噂の真実・疑惑
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学生時代とカイロ大学不正卒業書

話題の著書「女帝 小池百合子」についてはこちら

  • 芦屋市立岩園小学校出身
  • 甲南女子中学校、私立の中高一貫女子校で、古くから裕福層の子女が通うお嬢様学校として知られており、偏差値は61です。
  • 高校2年生の頃には、父の仕事の都合で両親は東京に転居。小池さんはひとり関西に残り、一人暮らしを始めます。
  • 関西学院大学社会学部に進学。関西圏でも有名な名門私立大学で偏差値は60です。
  • 同大学を半年で中退し、エジプトへ留学。ただカイロ大学長も存在を認める「不正卒業証書」問題があり卒業していないという記事が多数でている。

父:小池勇二郎とは

父親の勇二郎氏はエジプトの石油公社から石油を買いつけ、関西電力などに売る貿易商として世界を股に活躍した事業家。

そして選挙立候補へ

石原慎太郎、浜渦武生

国政にもとても興味があった勇二郎氏は選挙に出馬へ、そこで手伝うように言われて一時小池家の邸宅に住み込みまでして手伝いをしたのが石原慎太郎元都知事の右腕として辣腕を飼われて副都知事として活躍した浜渦武生氏だ。

そんな人間関係から当時の石原慎太郎率いる新党『日本の新しい世代の会』からの推薦を受けて衆議院議員に立候補、結果はあえなく落選。

落選から転落の人生

この次期勇二郎氏が自身含む政治活動に没頭し過ぎた事から結局本業の貿易商も傾き、選挙に落選が濃厚になると一気に勇二郎氏の元からは潮が引くように人が離れていったと言われています。
浜渦氏曰く「選挙選の最終日勇二郎さんと鴻池さんと私の3人だけになった。3人で尼崎のガード下で焼き肉を食ったのを今も忘れられません」

この選挙落選から成功していた会社も倒産。一家には債権者が押し寄せ結局当時石原氏の有力後援者だった人物の協力を得て小池家一家は芦屋の邸宅を追われる事となった。

選挙活動の頃高校生だった小池百合子氏と元副都知事の浜渦氏は一時ではあったが時を同じくしている。

石原慎太郎はかつてその厚化粧の女の父親が世界を股に貿易商として活躍していた時散々支援してもらい自分の政治を後押ししてもらった。

それなのに勇二郎氏の落選で潮目が変わり事業も倒産して債権者から追われる小池一家をまともに相手にしなくなったと言います。

こんな状況を利発で勝気だっただろう小池百合子が多感な娘時代から『いつか私が見返してやる』と言う気持ちが根底にはあったはず・・・

そして東京都知事へ

「あなたのお父さんにはいろいろ世話になったから、恩返しをしたい。選挙の面倒は見るから、東京都知事選に出ないか」

百合子氏側近によると、石原氏が勇二郎氏の恩をあげて知事選出馬を打診してきたのは、猪瀬直樹・元都知事の辞任で出直し選挙となった2014年都知事選の時だったという。この時は断わったが、昨年7月の都知事選に「東京都連はブラックボックス」と批判して出馬し、選挙戦で石原氏からの出馬打診があったエピソードを明かした。

ところが石原氏から飛び出したのは、「あの人は嘘つき」「厚化粧の大年増」発言であり、皮肉なことにこの発言が都知事選圧勝を決定づけた。

そこから、百合子氏は豊洲市場問題で石原氏の責任追及に動き、百条委員会での証人喚問が決まった石原氏も「知事に法的手続きを取る」と泥仕合に発展している。

果たして出馬打診の真相はどうだったのか。2人を最も知る浜渦氏が決定的証言をしている。

「実を言うと、舛添(要一)さんが都知事になる前、石原さんは小池さんに『やる気ないか』と尋ねたというようなことも言っていたね」(週刊朝日2016年10月28日号)

出馬打診はあったというのである。だとすれば、石原氏の勇二郎氏への「恩返し」のはずが逆に仇となってしまった。

その浜渦氏も百合子氏の豊洲問題追及の流れでキーマンとして都議会の百条委員会で“被告席”に立たされ、個人的にも、2人は都知事選の応援を“頼まれた”“頼んでいない”の論争を展開している。

小池百合子は東京都知事に何故立候補したのだろうか?
石原慎太郎、浜渦武生に対する小池勇二郎の復讐ためだったのだろうか?
そしてこの後はいったい。。。