生きる伝説 MOTO GPライダー バレンティーノ・ロッシ Valentino Rossi の全て

2018年7月26日
歴史・人物
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「史上最強のライダー」

1979年2月16日生まれの現役最高齢のトップライダーである

9回のワールドチャンピオンを獲得しており、「史上最強のライダー」との呼び声も高い。

 

ライディングスタイル

ブレーキングが非常に上手なライダーである。

マシンをやや傾けてバイクを曲げながらじわっとブレーキレバーを握って減速する、
テクニカルなブレーキングを得意とする。

身長182cmで手足が長く、荷重移動が上手である。
マシンを倒した不安定な状態でしっかりマシンをブレーキングできるのはこのためである。

ロッシはブレーキングが得意なので、当然パッシングも上手い。
このため予選では順位を上げることにこだわらずマシンセッティングに集中し、
決勝を低い順位からスタートしてズバズバ抜いていく戦術を採ることが可能である。
彼ほどのライダーにしてはポールポジション(予選最速で1番手から発走すること)の数が少ないが、
これはパッシングの上手さに自信があることの現れと言える。

アクセルワークはどうかというと、ケーシー・ストーナーのような超人レベルではない。
ケーシーは電子制御をできるだけ無効化させて、アクセルをバンバン開けるライディングを好んだが、
ロッシはそこまでアクセルワークが化け物レベルというわけではない。
ロッシはわりと電子制御をキチッと効かせてエンジン出力を抑えるタイプである。

セッティングを出すのが上手い
マシンセッティングを出すのが上手い。
僅かなマシンの差を敏感に感じ取り、それをメカニックに上手に伝えることができる。

ロッシのライダースーツの尻には「the doctor(お医者さん)」と書かれている。
実際ロッシはお医者さんのように知的なライダーで、ロッシがメカニックに考えを伝える姿を
初めて見たフィリッポ・プレツィオージ(ドゥカティワークスの天才的技術者)は
「ロッシの話しぶりはまるで大学教授の講義のようでした」と語っている。

MotoGPは金・土・日の3日間で行われるのだが、ロッシは金・土の2日間で苦戦するも日曜日には
セッティングを上手く出してきて一気に戦闘力を向上させる、そういう姿をしばしば見せる。

反面、セッティングがでないと苦しむ傾向が見られる。
「セッティングが出ていないマシンだと攻められない」とロッシが認めていたこともある。

得意なサーキット、不得意なサーキット
流れるように中高速コーナーが続くサーキットの成績が非常に良い。

TTサーキット・アッセンで10勝、カタルーニャサーキットで10勝。
ムジェロサーキットで7連覇を含む9勝、ヘレスサーキットで9勝。
フィリップアイランドサーキットで5連覇を含む8勝。
ドニントンパークで4連覇を含む7勝、セパン・インターナショナルサーキットで7勝。
ブルノサーキットで7勝。

ツインリンクもてぎは「あまり好きじゃない」と語っている。通算2勝。

本人がはっきり苦手と言っているのがバレンシアサーキットである。
ここは低速コーナーが続き、中高速コーナーがあまり多くない。通算2勝。

 

人柄

住まい

タヴッリアの実家を出た後、彼はミラノに移り住んだ。ホンダとの契約期間にはロンドンに居住していた。この期間にイビサ島の別荘を購入している。課税に関する裁判が始まった後はイタリアに戻り、家族の近くに暮らしていた。実践的なカトリック教徒である。

年収
2005年の推定年収は33億円。2006年収入はスポーツ紙スポルトによるとスポーツ界ランキング7位(約35億円)で、サッカー選手のロナウジーニョ(8位)や野球選手のデレク・ジーター(10位)より上だった。スポーツ・イラストレイテッド誌によると、2007年には約39億円(3400万ドル)を稼いでいる。2009年にフォーブス誌は、世界で高収入のアスリートランキングで、2008年に約36億円(3500万ドル)の収入があったロッシを9位とした。

技術者たちに礼儀正しく、親切である
ヤマハワークスの古沢政生さんやブリヂストンの山田宏さんは口を揃えて
「ロッシは礼儀正しい好青年」と褒めていた。

2000年から現在に至るまでロッシのメカニックを務めるアレックス・ブリッグスは、
「ロッシは自分の家族のことを常に気に掛けてくれる」と語っている。

ファンに愛想を欠かさない
ロッシはプロ選手らしくファンに対する愛想は欠かさない。
ムジェロサーキットやミサノサーキットで行われるレースで、彼は表彰台に上がれなかった場合も
表彰式の後に表彰台付近に現れ、詰めかけたファンたちに感謝の言葉を述べる。
4位以下に終わって悔しさいっぱいの気持ちなのにそれをこらえてちゃんと挨拶する。

ものを大事にする
MotoGPライダーの中には、ものに怒りをぶつけるライダーがある。
看板パンチ、グローブブン投げ、マシンパンチ、ピットに戻って備品キック・・・といった具合である。

ヤマハ復帰したときはヤマハのマシンを「彼女」とよびキスをしていたが、とにかくマシンやものを
大事に扱う傾向がある。

後輩に優しい
近年のロッシはタヴーリアにあるランチ(ranch 農場という意味)というコースに後輩を集め、
一緒にモトクロスでトレーニングするのが習慣となっている。毎週金曜日にレースをする。

一緒にトレーニングする後輩ライダーが優勝するとヤマハワークスのピットから小走りで駆けつけ、
パルクフェルメで祝福する。

ライバルに厳しい
ここまで書くと、ロッシが聖人君子に思えてくる。

ところがやはり、どうしても、激しく危険なスポーツをすることで胸の中に憤懣と怒りが渦巻いており、
それが「ライバルへの厳しさ」となって現れるのである。やはりすべてにおいて完璧な人間はいない。

ロッシはライバルに厳しい。2010年には「ライバルを憎悪することは普通のこと」と語っている。

自分を脅かすチームメイトにはさらに厳しく、ホルヘ・ロレンソには最大級の警戒をしていた。
2008年はロッシがブリヂストン、ロレンソがミシュランなので機密保持を理由にピットの壁を作った。
2009年はロッシ・ロレンソともにブリヂストン使用となったのにピットの壁が維持された。
2010年はロッシ側から情報交換を拒否して、互いの走行データを参照できなくした。

精神攻撃

ロッシはメディアを通じた精神攻撃をするのが得意である。
メディアを通じて一方的に皮肉と非難をする。公開の場で言い合いをすることはしない。
相手に反論させる機会を与えないのがロッシ流である。

この精神攻撃の犠牲となったのはマックス・ビアッジ、セテ・ジベルノー、ケーシー・ストーナーだった。
この3人はロッシ被害者の会を結成してもおかしくないだろう。

ケーシー・ストーナーへの精神攻撃は2007年から2010年まで続き、おかげでケーシーはヨーロッパの
すべての国でブーイングを浴びることになった。ケーシーは「ブーイングを浴びなかったのは日本と
オーストラリアだけだ」と日本のイベントで語っている。

2011年と2012年にドゥカティワークスで悪夢の2年間を送ったことを機に、ロッシは精神攻撃をやめた。

そのあと数年はなりを潜めていたが、2015年10月22日(木)にマルク・マルケスに向け、
記者会見の場で水をごくごく飲みながら(ロッシは緊張すると水を飲みまくる癖がある)
久々の精神攻撃を披露。現在もマルクに向け激しい精神攻撃を繰り広げている。

ちなみにロッシのケーシーへの皮肉の代表例は「ケーシーは迷いがあって攻め切れていない」
「ケーシーは電子制御に頼っている、電子制御時代の申し子だ」というものだった。
この2つとも間違いで、実際にはケーシーは何一つ迷わず序盤から攻めまくるタイプで、
それゆえレース序盤の転倒が多いタイプだった。
またケーシーは電子制御を嫌っていて、電子制御をできる限り少なくしようとしていると
レプソルホンダの中本修平HRC副社長が語っている。
ライバルに関するロッシの言葉はあまり当てにならないということは周知の事実となってしまった。